Drama

Review

cross × review
mimacul『さよならあかるい尾骶骨』
■1.《からだ》が《わたし》にもたらす被害
​ ネツヤマ
■2. 無限のあわいへ
​ 三田村啓示

review

デモと身体

ーPlaTEdgE『aw-thentic declaration』

​ 竹田真理

新たな舞踊言語の開拓を

ーきたまり/KIKIKIKIKIKI マーラー交響曲第二番『復活』

​ 竹田真理

ダンスで辿る女性芸能者の系譜

ー余越保子『shuffleyamamba』

​ 竹田真理

 「ケソン工業団地」から考える

ーグループ展『ケソン工業団地』(KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭2019)

​ 坂本秀夫

わからないことしか書けないと開き直って

akakilike『明日で全部が終わるから今までにした最悪なことの話をしようランド』

​​ 上念省三

テクストをめぐる不自由

ー『神の子どもたちはみな踊る after the quake』

​ 藤城孝輔

令和元年の伊藤野枝

ー『美しきものの伝説』から『ブルーストッキングの女たち』へ

 瀧尻浩士

野外劇場の余白の風

ー野生『能』2019:火魔我蹉鬼(Kama-gasaki)、洲波羅(Suhara)、富久破裸(Fukuhara)

​ 岡田登貴

 
cross review mimacul『さよならあかるい尾骶骨』1
《からだ》が《わたし》にもたらす被害
​ ネツヤマ 
 

撮影:小田嶋裕太

mimacul「さよならあかるい尾骶骨」
(KYOTO EXPERIMENT 2019 フリンジ公演)

2019年10月4日~10月6日 
於:Space bubu

 

【作】小高知子  

【出演】 堀井和也 立蔵葉子 古川友紀 増田美佳

【宣伝美術】 嵯峨実果子   【宣伝写真】 山羊昇

・はじめに

 

 本稿は、mimaculによる「さよならあかるい尾骶骨」に関する、そのストーリー・テーマ・演出方法などへの解説・感想だ。


 本作は3日間で全5公演、各回の定員が25名ほどという小さなスケールで催された100人程度しか観ていない演劇だ。だからこそ、本稿を通して、本作の概要を、未見の多くの方々に伝えていきたい。


 執筆にあたってmimacul主宰の増田美佳氏にメールにて取材した(2019年10月)。上演期間中にmimaculのサイトで公開された小高知子氏の上演台本も引用しつつ、考察していく。


 公演のコピーには「あらかじめ体をたずさえた私たちのどうしようもなさ」とある。

1.主催団体「mimacul (ミマカル)」に関して

 

 本公演の起点となったのは、ダンサー・文筆家の増田美佳氏が主催したイベント『mimacul 文体と歩く半年間のワークショップ』(2018年度京都芸術センターCo-program カテゴリーC:共同実験)だ。


 同イベントは18年8~12月の期間中、参加者らのディスカッションをベースに、リレー小説(参加者どうしで続きを執筆していく形式の小説)の執筆・俳句を詠む・架空の回想録を書く・写真による身辺雑記・ストレッチなどを全10回にわたって行うものだった。各回のワークの方法はバラバラながら、身体・私性・文体といったキーワードが一貫して意識され、とりわけ、第5回に哲学者・批評家の千葉雅也氏(立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授)を講師に招いて行われた公開講義の演題『書くことと体』は、イベント全体に通底する主題だったと言える。


 参加者は関西圏の俳優、ダンサー、劇作家らを中心に約10名。関西の若手演劇人らが集まり、前述のテーマについて複数の方法から手探りしていったわけだ。


 同イベントは、19年2月に参加者の文章をおさめた小冊子を発行。その後は増田氏主宰の、固定メンバーをもたない非定型のユニットとなった。つまり、mimaculは劇団ではない


 そして、今作は作・演出・出演・会場オーナーまで、mimaculワークショップの参加者により行われた。戯作者・演出家が中心的・支配的な役割を果たす演劇のかたちとは異なり、「言葉と身体」をめぐる半年間の共同実験そのものを下地にもつ作品だという点にも注意。

2.設定とあらすじ

 脚本は、小高知子氏による第7回近松賞最終候補作。作家の戯曲は今回が初上演となる。


 登場人物は、30歳代の「男」、男の愛人の「女」、男の「妻」、男の「母」の4人。


 「男」が自分にまつわる3人の女性とかわるがわる相対する場面が続く会話劇だ。


 設定とあらすじは、以下の通り。


 旅館の一室。「男」は、15年ほど関係を続けた「女」と別れるため、最後の旅行に来ている。夜、「女」のもとに、幼なじみの男性が事故死したとの報せが入る。「男」は葬儀に向かうよう急かすが、「女」は選択を先延ばすように、セックスをねだる。「男」に抱かれる「女」は、「妻」に変化していく。


 夫婦の住むマンションの部屋。子を寝かしつけた深夜、セックスを終えた「男」と「妻」は、隣室に住む老女が、夫婦を児童虐待で通報したことを話す。虐待は無実だが、「妻」は子に愛憎を抱いており、母親としての自分に疲弊している。「男」は隣人との折衝や、育児への協力を提案するが拒絶される。


 再び旅館。「男」は「妻」に起きた変化と、我が子を受け入れられない困惑を「女」に話す。「女」は「男」との間に産まれていたかも知れない子への未練を話し、心中を持ちかけ、劇薬を混ぜたお茶を差し出す。


 認知症を患い、介護施設への入所を明朝に控える「母」の寝室。「母」がお茶を「男」に差し出している。夜、「母」は訪れた「男」を息子の成長した姿だと認識できておらず、育児をしていた頃の記憶に戻っている。「男」が幼少期、空想に耽って独り言を呟いていたことを愛おしそうに繰り返し話すが、「男」は当時を覚えていない。


 再び旅館。「男」と「女」はキスをする。口移しで劇薬を服んだのかも知れない。どこからか子供の泣き声が聞こえてくる。その声は「女」にしか聞こえない。……


 上記のように、痴情・育児・介護といった、タフなテーマに取り組む。「男」は女性たちに戸惑い、時には解決策を提案し、時には話を逸らそうとするが、逃げ場はなく、(おそらく)死んでしまう……キツい話だ。


 冒頭のシーンは「男」と「女」が不倫旅行に来ている宿。「女」が、電話で幼馴染みの男性の訃報を受ける。

(女、電話を切り、)
女 行かな。
男 え、
女 行かないと。
男 今から?
女 ううん、明日でいいって。
男 ああ、
女 うん。
男 あかんの、
女 え、
男 行かな。
女 うん、行かなあかん、え、
男 え。
女 どうしよう。
男 どうしよって、
女 おにいちゃん、
男 お前兄貴なんかおった。
女 ちがう、近所の。
男 ああ。
女 昔たまに遊んでもらったりしてん。
男 亡くなったん。
女 うん、さっき。事故やって。
   (1場より引用)

 

 引用の通り、台詞は相づちや沈黙まで書き込まれ、台本自体が独特の間とリズムを持っている。本作は、この文体を崩さないまま、正確に上演したものだ。ストーリーの改変や台詞の変更もほとんどなく、一見して、オーソドックスな台詞劇の形式をとっているように見える。

撮影:小田嶋裕太

3.主題と演出

 

 しかし、ここで、私はひとつ疑問を持った。出演者は前述のようにmimaculワークショップの参加者であり、ダンスなど非言語表現の表現者が多い。特に「妻」役の古川友紀氏(ダンサー)は、今作が初めての台詞劇の出演。身体表現プロパーが上演を試みる際には、しばしば台本上の台詞を身振りで置換したり、演技と踊りが混在するなどの演出がなされることがある。にもかかわらず、ダンサーらを中心に構成され、俳句を詠んだり、リレー小説を書いて活動していた劇団ではないグループが、なぜ典型的な台詞劇を試みたのか。

 増田氏は「身体を創出する興味より、言葉を聞いてほしいというのが先んじていた。言葉と体の関わりに、大きな齟齬や抽象性を必要と思わなかった」と答えた。

 では、「言葉」と対になるようにmimacul が取り組んできた「身体」への興味は、作中のどこに反映されたのか。この点を本稿の目的として、「戯曲」「演技」「舞台」の3点から見ていく。

 まず「戯曲」。本作では、もろに「身体」が主題になる。

 「男」が相対する女性は前述のように3人。それぞれ「男」に対して「女」はセックスを、「妻」は出産を、「母」は自身を産み育てたことをもとに関係が結ばれていることは明らかだが、本作の特徴はセックス、出産、被・出産「以外の関係性」を書いていないことだ。

 例えば、本作は「母」を主要な登場人物としていながら、「父」が登場しない。といって、母子家庭などの父のいない環境を描いているわけでもない。

 居るのに出てこない「父」の扱いを示すのが、「男」が自分の子にいまひとつ愛情を持てない、と「女」に打ち明けるシーン。「女」はあっさりとこう答える。

​​

女 てかさ、そもそも父性と母性には差があるよ。絶対。

男 差。

女 父性を 1とすると、母性はそれの73億6200万倍くらい。

男 そんなに、

女 だから父性なんてあってないようなもんやし、気にせんでいいんちがう。

男 お前、

女 なに。

男 世界中の父親に謝れよ。

女 なんでよ。

男 男性蔑視や。

女 仕方ないやん。事実やん。

   (3場より引用)

 

 これが、本作で1度だけ出てくる「父親」像だ。

 父性と母性には73億倍の差があるという、このうえなく直接的な評価。しかし、父親そのものを否定してはいない点に注意。否定されているのは「父性と母性という対立概念」だ。 「父親の不在」や「父権性の崩壊」なんて話ではなく、「父」は単に問題にされない。……かわいそうだ。

 一方、「母性」の扱いはどうか。象徴的なのは以下のやりとり。

​​

妻 あたしにもあんねん、母性。

男 そりゃ母親やねんから、正真正銘。

妻 可愛いとは思うねん、あの子のこと。

男 うん。

妻 可愛いし、愛おしい。

男 分かってるよ。

妻 愛おしい以外の感情が消滅するくらい、愛おしい。

男 どういうこと、

妻 すべてが愛おしいに侵食されて、どの感情も愛おしいに集約されんねん。

男 なんやねん、それ。

妻 そのくらい、濃いよ。

男 濃い?

妻 あたしの愛は。

    しばし間。

男 深い、じゃなくて?

妻 え。

男 愛は濃いん?深いじゃなくて。

妻 そう、あたしの愛は深くない。深くないけど、濃い。

   (2場より引用)

 

 ……キツい。「深くはない、濃い愛」という表現は、小高氏の複数の戯曲に登場するキーワードでもある。ここで「妻」は、母性をいつくしみややさしさといった一般的な意味ではなく、他の感情を侵食し、我が子に集中させる力と捉えている。つまり、母親とは子を愛すること以外は許されない者とされる。この苦しみはいわゆる「育児疲れ」とも違う。「濃い愛」という毒に喘いでいるかのようだ。

 さらに、劇中で女性どうしは一切、絡まない。常に「男」と3人の女の誰かがサシで会話する。本作の設定で「女と妻」が相対すれば三角関係が描かれ、「妻と母」が相対すれば嫁姑問題が描かれるだろうが、そうした場面は、1度もない。私たちが常に生活のなかで問題とし、本作のような設定のドラマについ期待してしまう「不倫」や「家族」の諸相を描くつもりはないわけだ。

 加えて、登場人物たちの「仕事」「友人関係」についても、まったく触れられない。「すべての男は消耗品である」と言い切ったのは村上龍だったが、本作の「男」は、作中で「仕事」「社会性」への言及がないために労働者として位置づけられず、消耗品としての存在価値も評価されない。私は観劇中、男だって頑張ってるのに……と落ち込んだ。「仕方ないやん、事実やん」という、女たちからの声が聞こえてきそうだが。

 また、本作は現代劇でありながら(冒頭で「女」が電話を切ったあとは)「テレビ」「電話」「スマートフォン」といった道具が登場しない。そのため関係性は一対一の対面で閉じられ、コミュニケーションは会話と、セックスだけだ。

 このように、本作は、社会的存在としての人間を徹底して描かず、生理のみを描こうとする。そして、「母性は手に負えず、父性は無いも同然」だ。この男女のアンバランスこそ、公演コピーにある「あらかじめ体をたずさえた私たちのどうしようもなさ」の意味と考える。そして生まれ持った性と身体からは現代の医学では、まだ逃れることはできない。

 男性閣僚がイクメン宣言し、男性社員の育休が奨励される過渡期の時代に、20歳代の女性の劇作家がこうした立場を表明しているとは、刺激的だ。

※ちなみに、小高氏は「身体」という主題のみにこだわって戯曲を書いている作家ではない。本稿では詳述しないが、『光の中で目をこらす』(第24回劇作家協会新人賞最終候補作)では、まったく別の角度から、群像劇のスタイルで人間を取り扱っている。だからこそ本作に固有のテーマである点に注意。

 

 次に「演技」。

 本作の演技は、異様に静かだ。登場人物は不倫相手との別れを告げる場面であっても大声をあげることはなく淡々としており、嫉妬に狂って叫びだしたりはしない。セックスシーンは「男」が女性の上に乗っているだけで、欲情やフェティシズムとは無縁の営みとして表現される。戯曲で取り扱われるシビアで切迫感のあるテーマと、作中の演技は対照的に映った。

 私たちの生活の中で、別れ話やセックスは強い意味を持つ行為だ。本作の演技はその強さを再現することを明らかに避けている。それは同時に、意味の弱い行為に観客の注意を向かわせることにもなる。実際に本作では登場人物の呼吸・姿勢を変える・距離をとる(詰める)といった仕草が、ことさら目に付いた。

 

 それどころではない。増田氏は演出にあたって「身振りとしてのノイズや私性(痒かったら掻く)は積極的に残し、半熟にしたかった」と語る。……「痒かったら掻く」というのがすごい。mimaculというグループは、不倫と心中と育児と認知症の母の介護をモチーフにした戯曲を演出するにあたって、俳優が上演中に身体が痒くなったときどうするかを問題にしてまで、「戯曲」と「演技者の身体感覚」の関係性を考えている。こうした演技プランのもとでは、「セックス」と「体を掻く」は同じ重みで取り扱われ、行為の意味の起伏がならされてしまう。

 その結果、舞台上には人間の営みを遠くから覗き見る静けさと同時に、物語の渦中にありながらどこか放り出されたように身体がある状態が起こる。そして、この環境に耐えるためには「行為の意味に拮抗しうる身体」を持たなくてはならず、それは俳優の職能とは本来的に異なるスキルだろう。その点において、本作を身体表現プロパーたちが演じる意味があったとも考えられる。

 

 最後に「舞台」。

 会場はmimaculワークショップの参加者、大谷悠氏がオーナーの「Space bubu」。設備の揃った劇場というよりは、即興ダンス公演、ワークショップ、ヨガ教室などを行う多目的スペースで、演劇の上演は今回が初めてだ。

 

 舞台はかなり狭い。四畳半の「部屋」で、奥に窓がひとつ。上手に部屋の外へ続く襖、下手に押入れがある。照明は天井から下がった電灯ひとつのみ。そこが「旅館の一室」「夫婦の部屋」「母の寝室」の3箇所に見立てられる。客席は舞台よりやや広く、観客は物語が進行する小さな部屋を覗きこむような構造になっている。

 

 全5場のなかで3つの部屋が繰り返されていくわけだが、その場面転換は、本作の演出のなかでも、mimaculの身体への立場を表すという意味では、とりわけ特徴的なものだ。「男」は常に舞台上にいて、「女」「妻」「母」が襖なり押入れに待機しており、舞台上の女性と交代することによって場が変わっていく。暗転も音楽の挿入もなく、ただ出ハケで、入れ替わるだけだ。

 この場転の選択は、もちろん舞台設備の少ない会場の都合によるものでもあったが、たとえば、漫才のかけあいの最中に寸劇が挟まれるときに見られるような、唐突で形式的な切り替わりではないことを強調しておきたい。「登場人物であることをやめながら遠ざかる(あるいは、登場人物になりながら近づいてくる)」としかいいようのない状態で、ヌルッとした感じで次の場の登場人物が入場し、今の場の人物と交代する。

 このときの「素」とも「演技者」とも言えないありようは、いわゆる俳優の佇まいとは明らかに違うものに見えた。こうした身体を露出させるところに、mimaculという劇団とは異なる非定型のユニットの思想の一端が示されている。本作の「場転」は、またの上演の機会を待ち、じかに見て欲しいところだ。

 本作の演出は、戯曲の取り扱うタフなテーマをそのまま再現して皮膚感覚に訴えるより、演技者の身振りや呼吸を注意深く取り出し、演技に還元することで、結果的に戯曲が持つ身体性が静かに染み出すような方法を選んだといえるのではないだろうか。

4.所感

 

 本作は男性の無力・無理解を指弾し、女性上位をうたうものでは決してない。本作のテーマは男女の差異や優劣ではなく、男女ともにどうしようもないということだ。

 「どうしようもなさ」を「不自由」と言い換えるなら、本作の登場人物は男女とも例外なく「からだがあるために不自由な人間」だ。赤ん坊から成長して自意識を備え、男性と女性という性にわかれたことで、いやおうなく生じる空虚さと行き詰まり。

 

 つまりは本作のテーマを「《からだ》が《わたし》にもたらす被害」こう言い換えることもできるのではないだろうか?

 

 では、身体が与える被害に対して、私たちはなす術がないのだろうか。本作は以下のふたつの方法を表明する。

 

 ひとつは「自死」だ。

 

 本作は、男女が「男」と「女」が心中を企図する(ようにも見える)場面で終わる。江戸時代中期、心中ものは、遊郭文化などを背景とした身分違いの恋を遂げるための「差別の超克」のドラマとして登場したが、本作は死を社会的身分差ではなく、体から逃れる手段と定義した点で、珍しい心中ものになっている。

 

 もうひとつは「虚構」。

 

 認知症の「母」は、「男」が幼かったころの様子を繰り返し話す。特に小学生の頃の「男」がつぶやいていた、不思議な詩や作り話を。当の「男」はその当時をすっかり忘れてしまっているが、「母」がその内容を暗唱するシーンがある。

母 失われたからだの機能について、

男 なに、

母 君は考えたことがあるか。

母、くつくつと笑う。

男 どうしたん。

母 だって、君、やって。小学生が、君、やで。

男 ああ、

母 あーおかし。ボキャブラリーにな、

男 うん、

母 偏りがあるわな、ひとりっ子やから。

男 それ関係あるかな。

母 僕らがなくしてしまった器官について、

男 うん、

母 君は考えたことがあるか。ヒトはその進化の過程で、なくしていったからだの機能が実に百個以上もあるという。たとえば虫垂。たとえば瞬膜。横口蓋ひだ。大きな耳。副乳。立毛筋。失うことが進化だとすれば、僕たちはこれからもどんどん失うだろう。どんどん失って、いつかすぽんと消えてしまう。失っていく、というのはどういう感覚なんだろう。失いつつあるそのさなか、ひとは何を思うのだろう。忘れることと失うことは一体どのくらいちがうのだろう。僕たちが、いま、患って、苦しんで、もて余している器官のうち、いくつかは数千年後にはすでに失われているかもしれない。その儚さと生命のしたたかさについて、君は考えたことがあるか。僕は毎晩僕の尾骶骨に問いかける。脊椎のいちばん下、ちいさなほねが寄り添うように集まった、その名残りの部分に問いかける。

    母、立ち上がって窓の方へ行き、

母 まだあるかーっ。あんたまだ、そこで、そうしてるんかーっ。

    間。

男 近所迷惑やな。

   (4場より引用)

 これは、本作で1箇所だけある、長台詞だ。ひそやかな空気をもつ作中で数少ない、祝祭的なシーンでもある。そして何より重要なのは、この独り言が空想で、虚構だということだ。

 認知症を患った人は、短期記憶ができなくなり、自身がもっとも幸せな出来事の記憶を反芻すると言われる。本作の「母」は、自身の思春期でも新婚期でも妊娠期でもなく、わが子が虚構をつくりはじめたころに戻っているわけだ。これは、人間は虚構によって、いっとき身体の不自由から救われると示唆していると言えないだろうか。

 

 mimaculがワークショップで模索してきた「書くこと」の価値もまた、その場限りの虚構を持ち寄ることにあっただろう。

 

 そして、「男」は自身がつくりだしてきたはずの空想をまったく覚えていない。飛躍したことを何も言わず、常識に沿ってしか行動できない人物として描かれる。とすると、この作品は、虚構をつくることができなくなった人間たちが陥る苦しみについて書かれていると見ることもできる。

 

 この点もまた、すぐれて現代的な問いかけだと思う。

 

・おわりに

 本作は決して潤沢な資金と設備によって整えられた作品ではないが、狭小な会場をあえて箱のようにしつらえ、出演者それぞれが自身の身体感覚をつぶさに内省しながら巧妙に演出を仕掛けていった佳作だ。登場人物にあからさまな救いを用意していない点も良い。

 男性と女性はからだを通じて関わっている。労働・結婚・家庭といった制度ではなく、あくまで生理的に関わらざるをえない、との立場を大きく打ち出しているのが、この演劇の特徴といえる。だから、本作はジェンダーの問題に関わろうとしているのでもない。性差も制度だからだ。

 

 こうした「制度の外にある身体」に対して、身体を無限に拡張するテクノロジーに囲まれ、「多様性の礼賛」というわけのわからない新しい圧力の時代に生きる私たちは、改めて熟考する必要があるはずだ。

 

 こうした作品が生まれてくるのは、東京よりも人口が少なく、環境の代謝がゆるやかな関西の演劇シーンならではという気もする。だからこそ、関西を出て、広く観客の目に触れる機会を望みたい。

​■ネツヤマ

 1983年生まれ。京都造形芸術大学卒業。現在、東京在勤。経済誌記者。

​​※ 本文中の傍点を下線に変更しています(編集部)。

撮影:小田嶋裕太

cross review  mimacul『さよならあかるい尾骶骨』2
無限のあわいへ
​ 三田村啓示 
 

misogyny 女性や女らしさに対する嫌悪や蔑視の事である。 女性嫌悪、女性蔑視

misandry 男性への嫌悪あるいは憎悪。 男性嫌悪・男性憎悪などともいう。男性への性差別、中傷、暴力、性的対象化など

 分断の時代などという言い回しが人口に膾炙するようになってそこそこ久しい中、とうとうここまで来たかと感じさせられたのはウォール街における#MeToo以降時代の新ルールについて触れられたこの記事(https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2018-12-03/PJ5GIH6JTSEL01)やこの記事(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/58951)、またこういったインセルについての記事(https://gendai.ismedia.jp/articles/-/56258)であった。若者の恋愛離れ結婚離れや少子化云々の行き着く先がこれだった、とまでは言わないが、ハラスメントリスクの回避とミソジニー・ミサンドリーが加速した果ては男女の分断だったという話…である。そしてまた近年、長年の活動の結果LGBTQという概念の一般的な認知度が高まってきた中、最大限ポリティカル・コレクトネスへ目配せした上で男と女のドラマを描くということは中々に一筋縄ではいかないことなのかもしれず、そしてそれを知ってか知らずか、ダンサー・俳優・文筆家など多岐に渡る活動を展開する増田美佳が主宰する『mimacul(ミマカル)』による「さよならあかるい尾骶骨」(作・小高知子、第7回近松賞最終候補)は、四畳半舞台で展開されるアナクロな男と女の愛憎ドラマのフォーマットを一見借りているように見えながらも、不思議なほどに乾いたダイアローグの感触が印象的であり、どこか新しい着地点を目指しているように感じられる。

 登場人物は4人、男とその妻、男と15年近くも不倫関係を続けている(らしい)女、そして男の母。複数人で会話するようなシークエンスは無く、全ては男と、他の3人の内の誰か1人との会話で進行していく。照明や音響効果はほぼ無く、かつて日本舞踊の稽古場だったらしいspace bubuという非常に独特な空間を最大限に生かし、ある時は男と女が逢瀬を重ねる旅館の一室、ある時は男と妻の家、ある時は母の家…という風に、常にその一室に居続ける男と、入れ替わりに入ってくる他の3人の女たちのダイアローグだけによって、劇の場は変化しそこに立ち現れてくる。そこで彼らがとりとめもなく話すのは主に、どうしようもなく男が男であることと女が女であること、或いはそのあわいについて、である。不倫相手の女は「小学生まで女の子だった」という亡くなった「近所のお兄ちゃん」を回想する。また妻との間に幼い子がいる男にとって、「赤ん坊」とは「いきものが進化して、ヒトになって、男と女にわかれる」前の、何か「別のいきもの」であり、近隣から苦情が来るレベルで泣き止まないその幼子は、男の妻にとっては男(夫)そのもののようでありながらも、男と妻の子ではなくわたしがひねりだしたわたしの子なのだ、と言う。一方女は男との最後の別れ際に青酸カリが入っている(らしい)湯呑みを渡そうとするが、場面が変わると男の目の前にいるのは男の母だ。施設に入るらしい母にとって、目の前の男は息子ではあるのだが施設の職員のような他人にも見えている。母は(恐らく)息子の幼いころの言葉として、ヒトが進化の過程で無くし失われた身体の機能のこと―例えばヒトがヒトに進化する前にもっていた尻尾の名残としての尾骶骨のこと、そして今私たちが患い、苦しみ、持て余している器官のうち、そのいくつかは尾骶骨のように数千年後には消えているかもしれないのだ、と言う。

 現状として、今私たちは女であること或いは男であることを主体的に選び、生まれてくることは出来ない。そして、引き受け(させられ)た性に踏みとどまり続けることの喜びあるいは苦痛を大半のヒトは抱え、その負の側面の加速が上記の断絶の進行に帰結しているのかもしれず、またその苦痛から離脱しようというヒトや、引き受け(させられ)た性を越えようとするヒト越えているヒトも、LGBTQなどの様々な概念やライフスタイルが多様性のもとに勝ち取られ/包摂し、かたちを与えられていくことからも遠く離れてこの作品は、分化する性以前の生命そのものという、いわば無限のあわいへ四畳半から思いを馳せていく…ようである。

 ところで、最後のシークエンスで男と女のところに「来た」ものは何だったのか、外から聞こえてくる、ト書きによると「名前をもたない音」とは一体何だったのだろうか。具体的に指し示すことは未だできないのだけれど、上演において、その音に導かれるように四畳半の窓を開けそこから二階の部屋を出た女は、(その姿を客席から目視できない故に)もしかしたら未だ名づけようのない何かになった/あるいは戻ったのかもしれない、という感触がある。確かに、私たちは「男と女にわかれる」前のあの赤ん坊のように、男女分断の苦痛と進化の果てに男であることや女であることすら尾骶骨のように捨ててしまい、いつしか忘れて無くしてしまう時が来るのかもしれない(進化の加速としての胎内回帰!)。また同時にこの作品には捨て去ったそれをいとおしみ慈しむ遥か未来からのような視点―「この世のすべてを放棄して、それでも私たちはここにいた」―も感じられ、それが、この作品を極めて独特なものにしている。
■三田村啓示(みたむら・けいじ) 俳優。主に大阪・京都を中心に活動。2005年より空の驛舎所属、他にもジャンル・地域を問わず多くの演出家・劇作家の作品に参加。並行して近年では、舞台芸術の創作・受容環境にまつわる様々な活動にも取り組んでいる。現大阪アーツカウンシル・アーツマネージャー。第18回関西現代演劇俳優賞受賞。

撮影:小田嶋裕太

デモと身体ーPlaTEdgE『aw-thentic declaration』

​ 竹田真理 
 

撮影:大内真一/プラテッジ

演出・振付・出演:福森ちえみ

音楽:桃井聖治/ぶつぐ

映像:大内真一

10月20日、GRIDS KYOTO SHIJO KWARAMACHI HOTEL & HOSTEL

KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭2019 オープンエントリー作品

撮影:大内真一/プラテッジ

 アメリカのポストモダンダンスについてのレクチャーを受けていて、「デモの身体」なる項目に出くわしたことがある。ダンスとデモ、唐突な取り合わせを訝しく思いながらも、二つを繋ぐ概念がジャドソン教会派の唱えた「デモクラシーの身体」に関わるものであることを後に知る。2012年のことだ。この時すでにアメリカの「オキュパイ・ウォールストリート」の動向が知られており、その後、香港の雨傘運動、フランスの黄色いベスト運動など、世界の様々な都市で街頭での示威行動が発生するようになった。日本では3.11以後、官邸前での反原発デモを筆頭に、沖縄の辺野古基地建設反対、特定秘密保護法や集団的自衛権への反対、ヘイトスピーチに対するカウンター、LGBTQのレインボー・パレード、女性への性暴力に抗議するフラワー・パレードなど、様々な政治的、社会的なメッセ-ジを発するデモが行われるようになり、私たちはその様子をSNSを通じて知るようになった。アメリカのポストモダンダンスは60年代の公民権運動やベトナム反戦運動を背景としたが、今日再びデモの時代が到来しているのだとすれば、今日のダンスはこれに応える身体や思考を提示しているだろうか。

 デモを「何らかの意思や主張を公空間において身体をもって表出する行為」とするならば、パフォーマンスの一つの形態とみることができる。山下残とファーミ・ファジールによる『GE14 マレーシア選挙』(2019年2月TPAM、4月@こまばアゴラ劇場)は、現実の国政選挙運動中の「演説」をパフォーマンスに見立て、劇場で再現してみせた。こちらは演説であってデモではないが、政治的主張を伴った身体をパフォーマンスとして舞台にのせた数少ない例に挙げてよいだろう。さて、本作『aw-thentic declaration』もまた、政治の身体を扱った稀な作品の1つであり、しかもデモの身体に光を当てている。本作において福森ちえみと制作チームは、デモの身体の本質を「自然発生的な集合」に見る。日本でも盛んだった60年代~70年の安保闘争や学生運動のデモは、政党や労働団体、学生団体などの組織が主体となったが、今日のデモは個人の自由な意思による参加が特徴だといわれる。指示を受けるのではなく、主体の意志にもとづいた自発的な集合へのプロセスをどのように構造化するか。それを試みたのが本作である。

 公演は主催者によって「オーディエンスを当事者として迎え入れる挑戦的なダンス作品」と銘打たれている。スーツケースを携えた一人の女(福森)が、旅支度を解き、露出の多いドレス姿になってアルゼンチン・タンゴに合わせて踊り始める。エロスを過剰に表出した踊りで傍らにいる男を挑発するが、その視線は鋭く射るようであり、相手を性的に誘惑しているというより、何かを強く訴え、突きつけ、告発するかのようである。女性性を前面に出しながらも、決して従順ではない強い女性像を打ち出している。

 舞台を囲む観客にハグしたり膝に乗ったりする奔放な振舞い、手持ちのスマホで音楽を提供してくれないかとの呼びかけ、おもちゃの楽器を配り一緒に音を出すよう求めるなど、その後の出来事はいずれも観客をパフォーマンスの場に招き入れるための仕掛け=振付だ。会場は京都の繁華街にあるホステルのオープン・スペースを囲った作りで、囲いの外側を人々が自由に行き来し、ストリートの雰囲気が生まれている。行きずりの観光客もいつしか観客に加わっている。

 舞台では観客に白い画用紙とマジックペンが配られ、各自、羊の絵を描くように促される。背後のスクリーンには牧場の映像が映し出される。促されるままに羊という動物の曖昧な記憶を絵にすると、ここから場は一気呵成の展開に入っていく。観客らは促されて立ち上がり、描いた絵を掲げる。このとき映像では牧場の柵が開き、「開放」が示唆されると、観客はその場で行進へと導かれる。客席でおとなしくダンスを見ていた受け身の身体からデモ行進する身体へ、観客の身体はいつの間にか、そして加速的に移行したのである。主張の伴わない擬似デモではあるが、立ち上がり、プラカードを掲げて歩く動作の体験は、意外にも私に晴れやかな気持ちをもたらした。SNSで情報を追うばかりの孤立した個の身体が、集合する身体への一線を越える。偶発性を装った一連のプロセスは、シンプルだが周到に構造化された振付だったといえる。

 デモの行方は弾圧か解放の二つしかないと語る福森。本稿執筆中の現在、香港で起きている事態は混迷の度を増している。それでも路上を埋め尽くす人々の映像を見て、民主主義とはこのようにして勝ち取るものなのだと思い知らされる。画用紙に描いた羊は、囲われ、飼い馴らされた我々自身の姿であり、その「解放」を、本作で行われた一連の行為はうたっている。展開はシンプルだが力強く、様々な含意がある。ヨーロッパへ、南米へと世界を移動しながらインディペンデントにダンスの仕事をする福森だが、アジア人女性であるがゆえに受ける偏見や困難な体験を創作の発端とする本作は、#MeToo運動にも連携しうる政治的な動機をもつ作品でもある。しかしそうした主張自体を内容とするのではなく、人々を動かし=振付け、集合を自発的に生んでゆくための構造を、舞台芸術の形式の中で模索している。いわばひとつの原型の提示であり、ここから組織化のより洗練された形態を目指す方向も、あるいは政治性を引き入れ、現実の社会との連携をはかる実践的な方向もあり得るだろう。とくに後者においては。サウジアラビアの女性たちが自動車運転の権利を獲得した例に福森自身が注目するように、ジェンダーを巡る様々なイシューが今後の展開の鍵になるように思われる。再びデモの時代が訪れている今、そして政治性に対してナイーブであり続ける日本のダンスにとっても、刺激となり、実験となるパフォーマンスである。

■竹田真理(たけだ・まり)ダンス批評。関西を拠点にコンテンポラリーダンスの公演評、テキスト、インタビュー記事等をダンス専門誌紙、一般紙、ウェブ媒体等に寄稿。

新たな舞踊言語の開拓を ー きたまり/KIKIKIKIKIKI マーラー交響曲第二番『復活』

​ 竹田真理 
 

撮影:中谷利明

きたまり/KIKIKIKIKIKI 新作ダンス公演

マーラー交響曲第二番ハ短調『復活』

9月20日(金)~9月22日(日)

THEATRE E9 KYOTO

 

振付・演出:きたまり

出演:山田せつ子 斉藤綾子 きたまり

ヴィジュアル:仙石彬人[TIME PAINTING]

楽曲分析:BUNBUN

楽曲アドバイザー:田中宗利(関西グスタフ・マーラー交響楽団 音楽監督/指揮)

(9月20日、THEATRE E9 KYOTO)

 マーラーの交響曲全10曲の舞踊作品化を進めているきたまり/KIKIKIKIKIKIが第4弾として交響曲第二番『復活』を上演した。『復活』は長大な交響曲の形式に世俗的で親しみやすい旋律が現れるマーラーの特長がよくわかる曲で、KIKIKIKIKIKIがこれまで手がけた1番、7番、6番の中では、最初の第一番『巨人』に印象が近い。そして振付から受けた印象も『巨人』と重なるものだった。マーラーに特徴的なキャラクター性が前面に出た楽章やフレーズにおいては、きたまりの機知に富んだ振付語彙が難なく引き出され、相性の良さを見せる。いっぽう、音響が雪崩を打って押し寄せ、混沌と崇高の間を激しく高下する局面では、楽曲の長大さ、提示する世界観の壮大さに舞踊言語が対応していないように見える。それは一振付家きたまりにとどまらない日本のコンテンポラリーダンス全般に内在した弱点といえるが、そもそもマーラーで踊るという企てにコンテンポラリーダンスが必ずしも向き合おうとする必然性はない。世界にはそれによって踊られるべき音楽というものが無数に存在しており(『春の祭典』のように時代を超えて多くの振付家が言語化に挑んでいる曲があり、音楽の視覚化といわれるバランシンの仕事があり、バッハから現代音楽、ジャズに至るまで音楽を構造レベルで分析するアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルの例もある)、個別のダンスのために新たに作曲される場合もあれば、音楽なしで踊るダンス作品も普通にある。その中でなぜマーラーを選ぶのか。作り手がマーラーの何に魅了されているのかが、説明ではなく目の前のダンスから伝わってくるのでなければ、音から振りへの単なる置き換えに過ぎないという皮相さに帰着してしまう。そして単に踊るための音がほしいのだとしたら、敢えてマーラー全10曲に取り組むと謳うことの意味が問われることになる。いわば企画の根本に関わる問いだが、今後も全10曲振付の貫徹を目指すのであれば、この点について作り手は何度でも、正面から向き合うべきだろう。

 

 

 さてこのマーラー・シリーズ(とここでは仮に呼ぶ)における今回のチャレンジは、これまでの群舞を中心とした振付に対し、出演ダンサーをきたまり本人を含めた3人に絞ったこと、また3人それぞれの拠って立つダンス技術の基盤がはっきりと異なることである。舞踏の山田せつ子、バレエやモダンダンスの素養のある斉藤綾子、そして舞踏家のもとで最初の訓練を受け、その後コンテンポラリーのダンサー・振付家として活動するきたまり。こうした個別の技術と身体性の差異によって、楽曲に盛り込まれた様々な文化的要素――ドイツロマン主義、ユダヤ的旋律、民謡、軍楽隊や自然の音などの混淆するマーラーの音楽に対峙する。集団の力でマーラーの「大きさ」に食らいついてきた過去3回の公演に対して、今公演を特徴づける点である。特に第一楽章を丸ごと山田せつ子の完全なソロとしたのは大胆な試みだった。

 

 

 運命を予感させる重く厳しい表情をもつ第一楽章に、山田せつ子は終始、舞踏の身体で応じた。弦の刻みで力強く前進する音楽に対し、アーティキュレーションを限りなく細分化した非抽象の身体を保ったまま、部位の連動でゆっくりとフォルムを移行させる。湾曲した腕、前屈気味の上体を静かに引き上げ、沈めると、周囲の空気もやわらかく浮沈する。このように山田の身体に自ずと作動する文法が踊りの細部を司るのに対し、きたまりの振付は敢えて手数を少なくし、身体の位置や方向、立つ・座る・屈むなどの基本の構えの指示にあったように見受けられた。舞台中央に立ち位置を据え、そのまま移動しない設定は戦略的であり、冒頭の音が入ると向きを後ろに変え、左手を大きく横に伸ばした後にあらためて正面を向くと、そこに一つの意味が生まれる。シンプルだが基本的な構えを決定していくことで、各場面で空間を意味づけ、身体のドラマトゥルギーを作り出していくのである。勇壮な音の運びに腰を落として構える。あるいは音楽の劇性に対し正面を向いて立ち尽くす。床に低く沈み再び立ち上がる過程にも身体のドラマがある。手足を技巧的に細工する意味での振付とは異なるが、こうした踊りの屋台骨を作る作業により、山田の身体が生み出すテクスチャーを保ちつつ、骨太で構えの大きい舞踊空間が生まれた。ただ、それがマーラーの音楽と深く結びついたものであったかどうかは別の話だ。山田の身体の求心力に引き込まれながら、私はマーラーの曲がどこか遠いところで鳴っているような奇妙な感覚に襲われた。山田のパフォーマンスの特異性が高まるほど、それがマーラーである必要から遠のいていく。山田は山田の、きたまりはきたまりの論理で踊り、作っているのであって、音楽とは「曲想」においての関連にとどまっているように思われるのだ。それこそが自律した踊りであることの証左とも言え、事実、山田のダンスは見る人を深く魅了したのだが、ことマーラーを振り付けると謳う限りにおいて、その音楽の本質や構造、歴史性とどこまで出会うことができたか。ダンスを観ることで音楽をより深く聴いたと感じるような、両者の特別な関係性を感得するものではなかった。

 

 

 他の楽章についても振り返ろう。第二楽章は穏やかなワルツにフォルマリスティックな振付を施したデュオで、斉藤綾子ときたまりが対角線を交わらせるように歩を進める。踏み出した一歩の踵の上げ下げや爪先立ちを駆使し、膝をやわらかく使って3拍子のリズムの中で身体をゆったり上下させる。本作はクリエーションの一部を韓国に滞在して行っており、二楽章に韓国舞踊のステップを参照した箇所があると聞いたが、おそらくこの足の使い方を指すのだろう。白い衣装の清楚な印象も加わり、典雅な舞踊の様式をなぞりつつ等身大に引き寄せた踊りである。だが両手はポケットに入れたままで、時折上体をひねって客席に意味ありげな視線を向けるなど、優美なワルツを異化する要素がそこかしこに込められていて、様式に捻りを加える振付家の才気が伺える。第三楽章の3拍子スケルツォも、諧謔のきいた音形がきたまりらしさのある語彙を引き出す。対角線上を進みながら3拍子に合わせて躍動するきたまりのソロで、生き物のパロディや馬を駆ると思しき戯画的な動きが、動線上を隙間なく埋めていく。

 

 

 ここまで、曲想や音のキャラクター性に応じる形でダンスが創作されている様子を辿ったが、この後の第4楽章、第5楽章にかけては、舞踊空間の構造化に苦慮する様が見て取れた。いずれもキリスト教の信仰、世界観、哲学に関わる楽章で、苦難や苦闘の末の復活、至高と神の栄光をうたうとされる。緊張と破綻とカタルシスを壮大に繰り返し、マーラーの巨大さを実感させる楽章だ。この巨大な壁を前に、コンテンポラリーダンスの身体は取り掛かりの契機を探しあぐねているように見えた。背後のスクリーンには仙石彬人によるヴィジュアルが音楽を色彩イメージに映し出して刻々と移ろっていくが、このヴィジュアルの展開に舞台の進行を預け、また各ダンサーに任せた即興的な乱舞で荒ぶる音楽に応じるなど、振付言語の創出を断念しているかのような場面も見受けられた。また演劇的な意味解釈によって音楽に応じようとする場面も見られる。3人のダンサーの関係に諍いと和解など具象性を付与することで、それまで少なくとも美学的、言語的に創造されてきた舞踊空間が文学的な意味解釈に侵食されていく。

 

 

 日常性と地続きにあるきたまりの振付言語、あるいは地上的、具象的な舞踏の言語は、この4,5楽章の提示する西洋的で巨大な世界観からはひどく遠い。単に音として音楽を捉え振付をあてがっていくのでない限り、この距離は存在し続けるだろうし、そのようなポストモダンなアプローチは、ことマーラーの音楽に対して相応しいとは思われない。ただ、斉藤綾子が場面に入ると、地上的、具象的な舞踊空間に抽象性への志向がもたらされ、シーンを構造化する。斉藤の西洋舞踊の論理と歴史性を内在させた身体に、マーラーに対峙しうる可能性の端緒があったように思う。

 

 

 きたまり自身の表現者としての資質を見れば、前作『あたご』のように日本の土俗に根ざした民間信仰を扱った作品や、儀式の身振りを取材した作品に優れた舞台を残している。日本舞踊を現代に振り付けたレパートリー『娘道成寺』を持ち、最近ではアジアの山岳地域に民族舞踊のリサーチにも出掛けている。どう考えてもこちらの方面に掘るべき鉱脈があると思われるが、それでもマーラーに挑み続けるのであれば、その意義を再考しつつ、この西洋クラシック音楽の大家の何に惹かれるのか、そして基盤にある思想や文化への深い理解と敬意も含め、音楽を体現するための新たな舞踊言語の開拓が求められるだろう。

■竹田真理(たけだ・まり)ダンス批評。関西を拠点にコンテンポラリーダンスの公演評、テキスト、インタビュー記事等をダンス専門誌紙、一般紙、ウェブ媒体等に寄稿。

ダンスで辿る女性芸能者の系譜

ー余越保子『shuffleyamamba』

​ 竹田真理

 

撮影:igaki photo studio

​提供:城崎国際アートセンター(豊岡市)

余越保子『shuffleyamamba』

2019/10/5~10/6

出石永楽館

 

構成・演出・映像・監修:余越保子

共同演出・音楽・出演:ゲルシー・ベル

ドラマトゥルク:筒井潤(dracom)

振付・ゲスト出演:砂山典子(dumb type)

共同振付・出演:上野愛実、大崎晃伸、渋谷陽菜、西岡樹里、福岡さわ実

 コンテンポラリーダンスを広く芸能と結びつけ、西洋のアカデミズムとは異なる舞踊史を模索する動きが感じられる昨今、日本の古典を参照し、芸能史上の様々な女性像を呼び起こしながらダンスの歴史を俯瞰する本作は、ひとつの応答を示しているといえるだろう。国生み神話の主人公イザナミ、そのイザナミが生んだ不具の子ヒルコ、山に住む女性の妖怪・山姥など、神話や伝説にモチーフを採り、それらを合体させた独自のアイコン「shuffleyamamba(シャッフルヤマンバ)」が、芸能的想像力の源泉として、100年の歴史を誇る出石永楽館の舞台に降臨する。

 

 

 冒頭、抑えた照明の中に現れる3人のダンサー(上野愛実、渋谷陽菜、西岡樹里)は、作品における黒子であり、コロスであり、歴史の闇をうごめく影たちでもある。足裏で床を捉え、コンテンポラリーダンスの文法で運ぶ緊張を保った動きに、時折、首の傾き、手のかざしなど日本舞踊の要素が入る。実人生でコンテンポラリーのダンサーである3人の存在は、正史の裏側を連綿と生き継いできた巫女、傀儡女、白拍子、時代を下って出雲阿国や芸妓、舞妓、今日のダンサーに至るまで、女性芸能者の系譜の暗示と見ることが出来るだろう。

 

 

 本作は余越保子の16年前の作品『shuffle』(2003)をベースに、そこから主要なモチーフを引き継ぐほか、余越がアメリカに渡って以来の舞踊実践と個人史を貫くドラマ、さらには出演者各人の異なるキャリアを作品内容と不可分の要素として反映している。舞台ではダンサーたちが『shuffle』のモチーフ、イザナミと「チャネリング」する。映像に現れる白塗りに乳頭を赤く染めたアイコンは、余越自身が16年前に扮したイザナミのキャラクターに拠る。黄泉の国に下りたイザナミ。その子ヒルコは不具の身体で生まれたとされ、その異形性と未然性を示す奇妙な形のぬいぐるみが舞台に“降って”くる。さらにイザナミが山に入り姿を変えたともされる山姥。山に住む女の妖怪「山姥」は人に忌み嫌われ、一方で親しまれ、民間伝承のなかで多産、難産、豊穣にちなんだキャラクターとされる。平成の渋谷で若い女性たちが見せた奇抜な化粧や外見が揶揄と賞嘆を込めてヤマンバと呼ばれたのは、伝承が現代に生きている証だろうか。能や日本舞踊の演目『山姥』も参照しつつ、振付家の想像力が生んだ女性像「ヤマンバ」の像は、舞台上のスクリーンに現れ、コンテンポラリーのダンサーたち=現代の巫女たちと出会う。特に獣の皮をまとって現れる畏怖すべき姿の女性(福岡さわ実)が、イザナミ/ヤマンバとチャネリングを果たし、神話的な力の源泉をその身に受ける場面は、イザナミ、ヒルコ、ヤマンバを貫くドラマの鍵であると感じられた。

 

 

 ヤマンバの豊穣さを体現するのはダンサー、パフォーマーの砂山典子だ。マイクを握り、舞台を巡りながら洋の東西のダンス史をレクチャーし、巫女たちの介添えで衣装を着け、バーレスク・ショーを繰り広げる。逆立つ銀髪、ピンクの羽扇を揺らす姿は、現代のヤマンバに相応しい華麗さと颯爽とした晴れやかさがあり、芸能の祝祭性を象徴し、劇場空間を祝福する。黒沢美香のもと「4人娘」の一人として、またダムタイプのメンバーとしても日本のダンスシーンの境界を生きてきた砂山のキャリアが作品の主題と響きあい、その祝祭性を裏打ちしている。芸能と性との切り離しがたい関わりを示唆するのも砂山である。電話インタビューに答える彼女の音声が、セックスワーカーの仕事とダンサーとを、どちらも「真剣勝負」と語る場面がある。己が身ひとつを他者との交渉の前線にさらして生きるセックスワーカー、そして他者の視線をその身に受けて舞台に立つダンサーの生業(なりわい)に、傀儡女、白拍子といった芸能者もまた性の従事者であった歴史が重なる。砂山の背後でバーレッスンを披露し、ともにショーダンスを踊る上野、渋谷、西岡のパフォーマンスは、秘めたるダンサー・スピリットをここぞと開花させる。場面ごとの3人の踊りが全編を通して骨格をなし、地となって作品を支えていたのも確かである。

 

 

 唯一の男性キャスト(大崎晃伸)の存在は多義的だ。国生み神話のもう一人の主人公イザナギであり、男性性の様々な面を表象する。黄泉の国のイザナミと交信する男性神イザナギは、産み落とされた赤子となり、闘牛よろしく欲望を焚きつけられ、性産業のサービスを受ける個室の客にもなる。その男性性とはマチズモとは相いれないもの、むしろ未熟さ、弱さ、愚かさ、赤裸々さであり、女性のケアを受ける者としての男性性とも見える。彼の衣装はレインボーカラーのレオタードでカニングハムに由来するという。アメリカのポストモダンダンスらしい踊り手の属性を消すユニセックスな衣装だが、ここでは性を混在させた多様性の意味でのレインボーカラーと言えるかもしれない。男性はあるところで、自分も自由に踊ってみたい、すべてをさらけ出して、それがエンターテイメントになるなら素晴らしい、といった台詞をはく。女性性に対する憧憬と同時に、男性の解放を希求する言葉にも聞こえる。出演者の中で大崎は長期にわたり訓練を積んできたダンサーとは身体性を異にするが、その外部性も含め、女性ダンサーたちと対になり電話インタビューを通して砂山の言葉を引き出すなど、ナラティブのキーとなる配役であったように思う。

 

 

 芸能における「女性性」に加え、「芸の継承」も本作の主題だが、この二つの主題を強く打ち出すのが上野愛実の発話による、ある伝統芸能者の語りである。幼少時、商売をしていた生家から邪魔者を払うように通わされたという踊りの稽古。成長して正式に弟子入りすることになった際の師匠の言葉が、内弟子になるということは全てを捧げることだと言い渡す。「あんたの時間をすべてもらいますからね」。その言葉が言外に意味することの底深い厳しさは、聞く者を粛然とさせずにはおかない。そこに身を賭す者の身体の、女性性の、生のすべてを欲する芸の継承とは、かくも凄まじく、悲痛を伴った、命を賭けたものであるかと思い知らされる場面だ。漂泊の中で己が身体と技芸一本を生業(なりわい)として生きる者がある一方、全てを捧げ、自由を捨て去ることで継承される芸能の、もう一つの真実を垣間見た思いである。上野の慟哭を抑えた生硬な発話は、劇場空間に凛と響き、聞く者を打つ。

 

 さまざまな角度から芸能と女性性を問い、多くの場面に構成した本作は、モチーフと文脈が複雑に組み立てられた結晶のような作品だが、おそらくその核となるのが福岡さわ実の存在である。配役名がないので推察するほかないが、獣の皮をまとい、映像の「ヤマンバ」をその身に憑依させた福岡は、砂山の祝祭性と表裏をなす「裏ヤマンバ」、畏怖され、忌み嫌われ、芸能の晴れやかな成果の裏にある生みの苦しみを引き受けた、創造の苦闘の象徴であろう。伝説が山姥を難産に結び付けているように、最終場面の福岡はまさに「産む性」の命懸けの苦闘を、女土方(おんなひじかた)とでも呼ぶべき「立てない」身体で悶絶しながらパフォームする。白塗りも乳頭を染めていた赤色ももはや失せた、文字通り生身をさらけ出したほぼ裸体の身体は、びっしりと毛をたくわえた得体の知れないモノを股間に密着させている。不具の子として生まれたヒルコの異形性とも、ヤマンバの逆立つ毛髪を反転した「裏」もしくは「ネガ」の身体像とも見て取れるそれは、何より、産む性としての女性性のもつ創造の力、芸を生み、伝え継いでいく生業に存在の全てを賭ける芸能者の壮絶な生き様を示していた。その力を憑依させたがごとく福岡の身体が痛ましく凄絶、かつ崇高であったことを記しておきたい。

 

 歴史に名を残すこともない女性芸能者の生き方とその系譜は今日のダンサーにも引き継がれている――本作が示すダンス史のパースペクティブは、現代を生きるダンサーたちの希望となるのではないだろうか。最後に、西洋音楽の古典から現代音楽までを習得し、能や長唄を学んだゲルシー・ベルの音楽は、ベルの声が効果音から朗々たる謡へ、西洋の声法へと、創造性ゆたかに変容し劇場空間を満たしていく様が、非常に特異であり、素晴らしかった。

■竹田真理(たけだ・まり)ダンス批評。関西を拠点にコンテンポラリーダンスの公演評、テキスト、インタビュー記事等をダンス専門誌紙、一般紙、ウェブ媒体等に寄稿。

撮影:igaki photo studio

​提供:城崎国際アートセンター(豊岡市)

「ケソン工業団地」から考える

—グループ展『ケソン工業団地』(KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2019)

​ 坂本秀夫 
 

会場入り口。この項撮影は筆者

ケソン工業団地

2019年10月5日(土)- 10月27日(日)

京都芸術センター ギャラリー南、講堂、大広間、ミーティングルーム2

半島を南北に隔てる軍事境界線からわずかに北。ケソン工業団地は、朝鮮民主主義人民共和国が土地と労働力、大韓民国が資本と技術力を提供して形成され、南北双方の人々が共に働く特異な場として2004年から10年以上にわたって操業されていた。しかし現在は両国間の政治的緊張のため2016年より閉鎖されている。

 

2018年の夏、文化駅ソウル284で開催された展覧会「ケソン工業団地」は、ケソン工業団地を外から見た大きな経済の物語として語るのではなく、そこで日常生活を送っていた一人ひとりによって築かれていた親密なコミュニティにフォーカスし、ケソン工業団地の新しい肖像を描こうとする企てであった。その展覧会から、3人のアーティストによる作品を京都で紹介する。


縫製工場を模したイ・ブロクの『Robo Cafe』にはミシンを備えたテーブルが並び、生産性に関するスローガンを縫い取ったテーブルクロスがかかっている。

棺を背負って山を登るイム・フンスンの映像作品『Brothers Peak』から、ソウルのゲイコーラスグループ・G-Voiceの歌声と脱北者のイ・ヒャンが演奏するアコーディオンが響く。

南北の労働者が互いに交し合った贈り物を提示するユ・スのインスタレーションでは、贈られた物を見つめることによってケソン工業団地の本質的な意味は何だったのかを問いかける。


越境が可能な限られた時間の中で南北の人々の交流が育んだ種は、いかに未来へ開かれてゆくのか。(京都芸術センターのウェブサイトの紹介文)

左:ケソン工業団地の24時。休憩時間の風景

​右:ユ・ス氏の作品。後方に「ドラ展望台から見たケソン工業団地」

 まずタイトルがすごい。「ケソン工業団地」だ。

 「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2019」の公式プログラム一覧の中でも一際異彩を放っており、「ケソン工業団地」の背景と政治性の強さに身を強ばらせてしまう。

 

 言うまでもなく、北朝鮮が土地と労働力を韓国が技術と資本を提供して大工業団地を作ろうと進めた共同開発計画を行った北朝鮮内の土地のことだ。共同開発計画そのものの呼称ともとられるらしい。多くの韓国企業が進出し2004年末頃から生産を開始していたが、北朝鮮の核実験などの政治的緊張により、2016年に操業停止となっている。

 

 「KYOTO EXPERIMENT」は国際舞台芸術祭と名がつくが、舞台芸術に限らず、映像作品や美術作品等も毎年のように公式プログラムに含まれている。

 

 韓国人作家たちによるグループ展であるこの作品は、2018年夏に韓国の文化駅ソウル284で開催された『展覧会「ケソン工業団地」』の中から、3人のアーティストによるインスタレーションをこの度KYOTO EXPERIMENTで展示した作品のようだ。

 

 会場である京都芸術センターという建物そのものを大きく使っており、会場内の各フロアにそれぞれに作品を展示するという形態をとっている。それらや各所に配されるハングルでの垂れ幕なども含めて、京都芸術センターという施設の過半がケソン工業団地化しているのかのような独特の空気を醸し出している。

 (北朝鮮に対して肯定的な印象を持っていないこともあってか)ここでも鑑賞者である私には緊張が走る。

 

●「ケソン工業団地の24時」

 

 会場に足を入れると、すぐにエントランスでの絶え間ないメトロノームの音が耳に入る。振り返ると「ケソン工業団地の24時」という映像が流されており、会場の入口から既に「ケソン工業団地」が始まっていることを理解する。

 稼働していた頃のケソン工業団地の労働者たちのタイムスケジュールを紹介したような映像で、「〇〇時出勤」「○○時作業開始」「〇〇時夕食休憩」といった具合にメトロノームの音やテロップとともに、ケソン工業団地での労働者たちの姿が写し出される。

 

 2交代制の工場で働く、労働者たちの作業風景や、休憩時間の様子だ。乳幼児がいる者は休憩時間に子どもの世話をしていたりする。

 

 私はかつて、短期ではあるが自動車工場のライン工をやっていたことがある。2交代制で、ラインで並んだ労働者が自動車のパーツを取り付けていく工場だ。その頃のことを思い出すことが出来た。同時代の日本の工場を思い出すことができたほどに、本当に、普通の2交代制の工場の労働者の風景だった。その普通のぶりが驚きであった。

 この映像作品のみパンフレットなどに作者のクレジットがないが、「ケソン工業団地」の紹介映像として作られた映像らしい。記録映像風の映像を編集したような内容であり、おそらく韓国側作成の資料なのだろう。※

※「2018年に韓国のソウルで行われた特別展覧会“ケソン工業団地”のアーカイブ事業として作成されたもの」らしい。同映像のスタッフクレジットより。

 北朝鮮の労働者たちが過酷な生活環境に置かれており、毎年餓死者も多数出ているほどだということは周知されていると思う。ではこれが再現映像でないのであれば、例えばこの北朝鮮の労働者たちは、本当にこのような近代的な労働環境であったのか?撮影用のエキストラではないのか?宣伝用のタイムスケジュールではないのか?一部の例外的な労働者たちなのか?ケソン工業団地の労働者だけは違ったのか?などと訝しんでしまう。

●ユ・ス(写真)「ケソン工業団地、北からの労働者」「ケソン工業団地、南からの労働者」「ドラ展望台から見たケソン工業団地」「ケソン工業団地の贈り物」

 

 複雑な気持ちを胸に会場を進んでいくと奥のギャラリーには、ユ・ス氏の作品がある。

 一枚板のモノリスのようなオブジェが複数並んでいる。それにはケソン工業団地の労働者らしい者が、モノリス一枚につき一人が大きく写っている。ギャラリーの奥には、まるでこの空間の背景画のように「ドラ展望台から見たケソン工業団地」があり、反対側には「ケソン工業団地の贈り物」が展示されている。

 秀逸なのは、そのモノリス状の一枚板は裏表になっていて、片側には北朝鮮の労働者が写っており、もう片側には韓国の労働者が写っていることである。一人一枚、肖像や証明写真のように大きく写っているそれが、北と南の裏表になっているのだ。シンプルでありながらドキリとする見せ方になっている。現場の労働者から部署の責任者まで、様々な人がいるが、(ここでも)みな普通の労働者達に見える。その人物たちは、真剣に仕事をしている様子か、あるいは笑顔である。しかしその笑顔がどこか悲しく見えるのは、我々が、この工業団地が現在どうなっているかを知っているからだろう。さらに北朝鮮の体制を含めて勘ぐるならば、この北側の人たちは現在も健康に生存しているのだろうか?そもそもこれも撮影用のエキストラの可能性もあるのではないか、などと考えてしまう。

 

 後方にある「ドラ展望台から見たケソン工業団地」は文字通りケソン一帯を高所から俯瞰した風景画のようなものだが、これによって、この地は周囲を山に囲まれた盆地であったと知る。周囲と隔絶し切り離された地のような場所だったのだ。

 

 夕日にも朝焼けにも見えるこの風景。これを背景に、もう一度遠くから全体を眺め、先のように労働者たちに考えていると、証明写真のようだったモノリスは墓標や遺跡のように見えてしまい、鑑賞者によってどのようにでも受け取ることのできる幅の広い作品であることに気づく。

 

 そう、この作品は、「ケソン工業団地」やそれに携わった人々に対して、特別に否定も肯定もしていない。主張などせず、ただその地とそこで働き交流した人々を写しただけである。が、どこか悲しい断絶された過去の楽園の記録のように見えるは、やはり私がそう見ているからだろうか。

 さらに(裏表になっているため当然ではあるが)、片方からでは片側の人物しか見ることができないということがわかる。

 

 これは示唆的だ。そうなのだ。様々な情報が漏れ聴こえてくるが、北側の庶民たちの本当の実態を知るためには、北側からでなければわからないのかもしれない。北の統治体制の実態や国内外の政治的な問題はさておき、労働者たちはごく普通の人たちに見える。

 

 そして背景には、日没とも朝焼けとも取れる色合いの風景。見るものに解釈の選択を委ねている広がりのある空間が現出している。

 

逆側から見たユ・ス氏の作品。奥に「ケソン工業団地の贈り物」

 風景の反対側には「ケソン工業団地の贈り物」が展示されており、展示室の手前から見るならばこれをもう一つの背景と見ることができる。これはどうやら、この地の労働者間での贈り物や交流の記録らしい。

 同じ場所で働いた北朝鮮の者と韓国の者とがそれぞれ簡単なお菓子を送ったりしていたらしく、そのお菓子そのものの写真をただ展示しているだけだ。あるいは、職場の記念写真のように北の者と南の者が一緒に写っている写真や手紙など。こちらもとてもシンプルな作品ではあるが、1枚1枚に添えられている説明を読むとその物品が背負う経緯が立ち上がってくる。

 注目したいのは、先の「北からの労働者~南からの労働者」でもそうだったが、ただ人物のみ、ただ物品のみが写されていることだ。非常に抑制的な表現だ。記念写真のように並んで写っているのが最大限の接触であり、例えば南北の交流に歓喜の表情で抱き合うようなものなどは無い。この抑制的な表現が大きな効果を生んでいる。ただ個人個人だけを写し、その間を行き来したであろう簡単な贈り物だけを写している。だからこそ、その間の交流のやりとり、そして当時の距離と現在の距離を想像させられる。

  

 「贈り物」は日本にもありそうな簡単なお菓子やキーホルダーのようなものだ。それそこ日本のコンビニなどにも売っていそうな。しかしそこに書かれているハングルにより、これは南北間を行き来した―現在であれば壮大な垣根を越えた―「贈り物」だと想起されられる。

 

●イム・フンスン(映像)「Brothers Peak」

 

 大広間では、広い大広間の中心部の大きな板状のものに映像を写している。これもまた裏表になっており、同じ音声のもとに、裏表それぞれ違う映像が流れている。一方は、棺を担いで山を登るアーティストの個的な映像であり、もう一方はケソン工業団地の閉鎖から2018年の南北首脳会談などケソンを巡る政治背景及び社会の動きなどの説明となる映像だ。ユ・ス氏の写真作品が北と南を裏表として表現していたのに対し、こちらは個人と社会(政治)を裏表にしているように見える。

 

 ケソン工業団地の閉鎖の9ヶ月後に、ケソン工業団地の企業に関わった人々が国会前で、葬儀を模した集会を行い工業団地の運営再開や南北経済協力の再開への願いを表明したようで、その映像も流される。そして件の棺はその集会で使われたものだそうだ。

 棺についてだが、(恐らく閉鎖に対する抗議集会のようなものではと思うが)「死亡通知:ケソン工業団地は永眠しました」との字幕とともに、工業団地や共同開発計画そのものを擬人化しての抗議表現か、あるいは(私は韓国朝鮮の文化に疎いのだが)伝え聞く朝鮮半島独自のシャーマニズム文化や哲学によるものだと思う。死亡した「ケソン工業団地」を納める棺ということだろう。

 

 その棺を背負って山を登る映像が大広間に入るとすぐに目に入る。入口側に映写されている個的な映像の方では棺を背負っての登山が行われているのだ。あまり足場が整備されておらず木々も生い茂っている、慣れていない者には大変そうな登山だ。ようやく頂上の岩場にたどり着き見下ろすと、そこからは遠くケソン工業団地が見える。終盤に挿入される哀愁を感じさせる歌により、この映像だけを見ると、急に感傷的な作品が出現した、と感じるがそう単純ではない。

 

 奥側に映写される社会的な映像の方では、立ち入り禁止となった工業団地や操業が停止された日付で止まっている日誌、工業団地の資料などが映されながら、件の集会の様子を挟んだ後、2018年の南北首脳会談へと移っていく。興味深いのは、音声と字幕が首脳会談の説明(TVの音声等や会話等)になっているのにも関わらず、映像としてはミシン台や無人の事務所、廃墟のような工場を映し続けているところだ(この間反対側の個的な映像では山を登り続けている)。つまり、音声、個的な映像、社会的な映像と、それぞれが別のものを映し出している。ここでも表現は二層三層となっているのだ。

左:イム・フンスン氏の作品。裏表の映像+音声の三重構造

右:イム・フンスン氏の作品。差し挟まれる南北首脳会談のニュース映像

 その錯綜を加速させるのは、2018年南北首脳会談の映像など具体的な政治の有様をそのまま見せつけられ(各種政治課題を想起してしまい)、その上で工業団地閉鎖の感傷を表現されるからだ。まさに今日の韓国に住まう人々のように「そうは言っても北朝鮮の軍事的な動きはどうするのか?」「親北派の文在寅大統領は北朝鮮主導での統一を目指しているようだがそれでよいのか?」と、具体的にどうするのかという現実を考えさせられてしまう。

 

 終盤に挿入される歌で「その日が来たら」と感傷的に歌い上げられるがしかし単純なノスタルジーなどではない。「その日」が来たら良いだろうなと、共感は覚えるが、「その日」までの距離や具体的な障害を思索させる作りになっている。この複層性がまさに韓国の現在を表現し、深部にまで現実をあぶりだしているように感じた。

 また展示の順路の関係から、ユ・ス氏による労働者たちの写真を通過した後にここにたどり着くことになると思うが、労働者一人一人はどこにでもいる普通の労働者だ、と交流の可能性を感じされておきながら、ここでは「そうは言っても具体的にどうするの?」という現実を突きつけてくる。作品間の応答性を孕むことで、個別の作品のみならずグループ展としての効果と必然性を感じされられる。

 

 さらに順路について述べるなら、この大広間は、通り抜けて奥のイ・ブロク氏作品を見た後に再度戻って来なければならない。つまり、映像の裏表の両方を―必ず―目にしなければならない作りになっているということだ。

 ここでもユ・ス氏の作品と比較すると面白い。ユ・ス氏の写真作品は南北それぞれの労働者個人に焦点を当てているが、鑑賞者が自発的に移動して回り込めば、反対側の労働者を見ることが出来る―見ないこともできる―という形だ。しかし、このイム・フンスン氏の映像作品は個的な映像のみを見て大広間を通り抜けても、帰りに必ず社会的な映像が見に入るようになっている。

 最後に必ず困難な政治的現実を突きつけられて帰路に着くのだ。非常にスリリングな表現だ。

●イ・ブロク(インスタレーション)「Robo Cafe-労働者支援グッズカフェ」

 

 戸の奥の講堂が目に入ったところでギョっとしたのは、並べられた大量のミシンテーブルが目に入ったからだ。

 

 ここまでこの展示を見てきたものなら、ケソン工業団地での作業場をモチーフに作られたものだとすぐにわかる。紹介映像や労働者の写真で何度も目にしていたあのミシンだ。

 「ミシン」という物はこのグループ展を貫く象徴的なアイテムだ。全ての作品に登場する(ここでもグループ展の応答性を感じさせられる)。「ケソン工業団地の24時」やユ・ス氏の写真ではミシンを動かす労働者が映っているし、イム・フンスン氏の映像作品には無人となったミシン台が映る。それは、縫製工場が多かったというケソン工業団地の象徴でもあるのだろう。

 この「Robo Cafe」の大量のミシンももちろん無人であるが、イム・フンスン氏の映像作品にあった廃墟のような無人のミシンテーブルではなく、たくさんのタペストリーや花、テーブルクロスがそのカラフルな色合いとともに明るい空間を作り出している。そのタペストリーに書かれているハングルは生産性に関するスローガンらしい。

左:イ・ブロク氏の作品。開け放たれた入り口から大量のミシンが目に入る

​右:イ・ブロク氏の作品。チョコパイなどの労働補助食品

 南北統一のミニチュアとも言われるケソン工業団地。その再構築というが、作業場の単純な再現ではなく、明るく華やかなデコレーションを施しての再構築なのだろうと伺わせる。ケソン工業団地の観念上での再構築とも考えられる。

 これもまた、受け取り方を鑑賞者に委ねる多面性のある表現だ。ケソン工業団地に肯定的な考えの者には、失われた夢の表現として理想と哀愁などを感じるだろう。しかし、必ずしもそうでない者には、物々しい大量のミシンが明るい空間に並べられていること、(達成可能なものか不明な)生産目標スローガンをカラフルなタペストリーに描くという、そのミスマッチ。空間の広さや照明の明るさも相まって、無人のミシンが物凄い迫力を生み出していた。単純に明るい希望の作業場と受け取れなかったのは、ここまでの各作品を通過してきたからだろうか。あるいは私が「ケソン工業団地」に疑義を持っているからだろうか。他の鑑賞者たちはどのように感じたのだろうか。

 

 北朝鮮の労働環境では午後の体操というのがあるらしく、ポピュラーなものらしい。鑑賞者がその体操のポーズの写真を撮影できる参加型のスペースもある。ミシンの椅子に座る事も出来、開かれた空気を作り出そうとしているように感じる。

 調べてみると、現に楽しげに労働者体操を撮影している者や、ミシンの椅子に座った姿をSNSにアップしている者もいた。SNSにアップしている者たちはみな楽しそうであった。ここに至って各鑑賞者の感じ方を個から外へ出すための入口まで用意され、さらに各人の感じ方を具体的に知ることが出来、私はこの作品の受け取り方がやはりそれぞれ大きく違うということを知ることが出来た。

 しかしここでも、鑑賞者の緊張を解くためかのように、フレンドリーさを醸し出す空間ともとれるが、受け取り方は自体は鑑賞者に委ねられている。この作品もまた明確な主張はしていない。ただ、作品と接触できる要素と外へ出すための入口を用意しているだけだ。ミシンも撮影場所も、物言わず佇んでいる。

 タイトルの「Robo Cafe(ロボカフェ)」というのも、人間性を排された労働者がロボットとして扱われていることを揶揄しているのか、などと訝しんでしまったが、そういうことではない。「ロ:労働」「ボ:補助物品」という2つの韓国語を組み合わせた言葉らしい。労働補助物品とは労働者への福祉のための生活物品らしく、要は労働の休憩時間などに口にするお菓子やコーヒーなどのことのようだ。確かによく見ると、奥の棚にはそれらが配置されている。

 

 だがその中にチョコパイを発見するに及びまたもこちらは緊張する。そこらのコンビニで売っていそうな、安くシンプルなチョコパイだ。

 かつて北朝鮮の労働者の間で、チョコパイの人気が高騰し、大変な騒ぎになっているというニュースを読んだ記憶が蘇ったからだ。たかがチョコパイごときで騒ぎになるというニュースに驚き、物資の欠乏について考えさせられ、そこまで国内が疲弊しているのかと感じた記憶がある。単純なおやつとしての人気だけでなく、給料が現品支給としてチョコパイを支給しているなどという真偽不明の話もあったかと思う。本当に給料の代わりにチョコパイが支給されているのなら大変なことだ。そしてネット上ではそのチョコパイ人気をからかう意見が多かった記憶がある(※1)。

 

 同時代の日本に住まう私からは、ただのおやつさえも、単純におやつとしてだけ見ることができない。このチョコパイに到達し、チョコパイ騒動を想起するに至り、膨大な距離を感じた。あの、驚くほど普通な、今日の日本にもいるかのような労働者たちと我々との距離は、やはり簡単ではなかったのだ。

 

 これは私が考え過ぎているのだろうか。強く意見表明するわけでなく、ただただミシンやチョコパイを展示しているだけだからこそ、こちらは想像してしまう。

 

 ミシンやチョコパイなど具体的な物品を提示され、これは韓国での展示の折には、韓国の人々はどのようにこれら作品を見たのだろうかと思い巡らせるようになった。立場や、対象へのイメージ、事前情報により感じ方は大きく異なるだろう。

 そして、ケソン工業団地で働いていた経験のある韓国内の者などにはどう見えたのだろうか。

※1 ・今回調べ直してみたが、チョコパイの件はやはりケソン工業団地などでの話だった。

https://news.livedoor.com/article/detail/9436669/

「チョコパイ 北朝鮮」で検索してみれば様々な話が出てくる。

●資料展示

 

 これら作品への資料展示も行われていた。

 作品の資料展示というか、「ケソン工業団地」の共同開発についての政策資料的なものが多い。実在のケソン工業団地についての資料だ。南北の政策者が同席しての会議の写真や書類、共同開発が始まった後の企業の建物の完成写真、または経済効果の図やグラフなど。政策資料、歴史資料的な側面が強く、ケソン工業団地という約14年の南北の交流の場所は確かに存在したということへの理解が深まる。

 

 奥のモニターでは、2018年に韓国の文化駅ソウル284で開催された際の紹介動画のようなものが流れていた(全く関係ない話だが、この文化駅ソウル284がレンガ造りであり、京都芸術センターからほど近く、同じくレンガ造りの京都文化博物館や京都中京郵便局に外観がとても似ていて驚いた)。

 10分ほどの動画だが良くまとまっており、展覧会の背景の説明から各作品の紹介などがされている。今回の3名の作品の説明だけでなく、3名以外の韓国での開催時の作品も説明されており、他の作品も見てみたいと思わせるものだった。この頃には私の緊張や訝しみも薄れていた。

 そして、韓国での展示の際、韓国の鑑賞者の反応はどのようなものだったのかという思いは、この展覧会をもし北朝鮮で開催されたなら北朝鮮の人々はどう感じるのか、という意識へと変わっていた。

左:資料展示。後方に紹介映像

​右:京都芸術センター内各所にハングルの垂れ幕

●おわりに

 

 今回私は「あいちトリエンナーレ2019」を見に行った後にこの作品を見た。

 「あいちトリエンナーレ2019」については様々な意見があると思うが、あのように大きな騒ぎを起こさなくても「あいちトリエンナーレ2019」を成り立たせることは出来たのではないかと私は考える。

 

 そして、今回のこの「KYOTO EXPERIMENT 2019」の「ケソン工業団地」を見て不必要な騒動を起こさなくても、政治的な出来事と正面から取り組んだ刺激的な作品は成り立つということを見せてもらえたことが、なにより感動的だった。

(事務局の方に確認したがやはり大きな抗議などはなかったらしい)

(もちろん、「ケソン工業団地」は日本が直接的な当事者ではないことなど、題材の違いがあるため単純な比較は出来ないのだが)

 しかしこの作品なども悪く曲解するならば、ケソン工業団地を賛美していると受け取ることも可能かもしれない。しかしそういった誤読が起こりにくい、鑑賞者に対し丁寧かつ誠実な作りになっていたように思う。それは個々の作品もそうだが、グループ展としての配慮ある見せ方からそう感じた(※2)。

会場を大きく使うことで一つ一つの作品と対峙することのできる空間が現出し、順路に沿って観る場合は会場のギャラリー間の「移動」が挟まれることにより、思索と切り替えを行える。さらに各作品が互いに応答し合う形にもなっており、シンプルでありながら短絡的ではない、良いキュレーションだったように思う。

 

※2 ・前提が違うものではあるがあえて比較してみる。

「あいちトリエンナーレ2019」において問題となった「表現の不自由展・その後」を芸術作品として受け取り、その騒動を論じるならば、表現者や企画者の意図が大きく誤読、誤解されているという側面があると思う。意図が大きく誤解されるのは、表現者の技量不足でないとすれば、見せ方や事前情報の出し方の問題だ。(批判者の多くは芸術ではなく政治プロパガンダとして受け取っていた。にも関わらず「これは現在取り上げられるべき芸術作品である」という説明が不足したまま、表現の自由という権利の主張を行ってしまった。)

 そして美術関係者たちによるいくつかのレポや有識者インタビューにおいて、見せ方やキュレーションの問題を指摘されていた。それもそのはずで、愛知県の検証委員会による中間報告書等(下記URL)によれば、同展示は専門のキュレーターを排除し、津田芸術監督と表現の不自由展実行委員のみにより設えられていた事が分かる。ただでさえ主張の強い(と受け取られやすい)センシティブな作品群であるのに、不必要な誤読、誤解を生まないような配慮が、その専門家が、そもそも排されていたのだ。展示方法及び運営の仕方については「表現の不自由展・その後」を擁護する者たちの多くからも疑義が出ている点は重要だ。

https://www.pref.aichi.jp/soshiki/bunka/triennale-interimreport.html

https://www.pref.aichi.jp/uploaded/life/259465_883960_misc.pdf

https://www.pref.aichi.jp/soshiki/bunka/gizigaiyo-aititori5.html

 

 

 例えば私は、ケソン工業団地に代表されるような、いわゆる太陽政策は、北朝鮮の金一族による独裁体制を延命させるだけではと思い、批判的なのであるが、そういった考えの者にも楽しめる作品たちであり、考えさせられる内容だった。

 それは特定の立場に立った上での政治主張のような―と誤読される可能性の高い―表現ではなく、それぞれが相応答しつつも自立した表現となっていたからだろう。

 このグループ展についての宣伝文の中に「アーティストは自己検閲している自覚も語っている」とあった。やはり、単純なケソン工業団地の礼賛では」ないにしても、この手の問題は韓国でもデリケートな問題ということだろうか(実際にどうなのかはわからないが)。しかし、その状態での表現が返って抑制的、重層的な表現となっており、作家が前面に出て主張しない作品だからこそ、様々な含意をまとった豊かな作品群となっていたように思う。

 短絡的に意味づけず、南北の葛藤や表現者の葛藤を、葛藤のまま表現してくれているのだ。

 そして民族の分断や、分断国家の困難とその最前線の労働者個人という、ケソン工業団地に限らず、時代や地域を問わない広い射程を持った普遍性のあるグループ展だった。それは、見る者によって感想が異なり、見る者の作品背景への想像力を刺激する広さでもある。

 

 

 2018年での韓国での開催から1年が経ち、韓国北朝鮮の情勢はさらに変化している。

 曹国(チェグク)法相の不正に続き、文在寅(ムンジェイン)大統領が北朝鮮の秘密党員だという誓詞文が報じられるに及び、反文在寅デモは数十万~百万人にも及ぶという。これはかつての反朴槿恵(パククネ)のろうそくデモと同等かそれ以上とのことだ。

 

 金正恩が地位を継承して以来、粛清された者は幹部だけで一万人以上とも言われる。さらに兄を暗殺し叔父を処刑し、現在も自国民に苦難を強いている。そんな独裁国家との北朝鮮主導での合併は簡単ではないだろうが、韓国の国民はそれを支持するのだろうか。また政治体制の違いだけでなく、100対1とまで言われる巨大な経済格差という問題も横たわる。さらに周辺国との関係の問題も。

 

 結局のところ、「そうは言っても具体的にどうするのか?」という疑問は今をも尽きないが、ここでこのグループ展に対する橋本裕介氏(KYOTO EXPERIMENTプログラムディレクター)の「ごあいさつ」に立ち返りたいと思う。

 

 この「ごあいさつ」は、グループ展の小冊子への掲載だけでなく、会場の入口にも大きく展示されている。つまり、会場へ入る時だけでなく帰りにも見に入る場所にあるのだ。

この「ごあいさつ」の中で橋本氏は以下のように述べている。

 

 (略)半島南北の関係を、日本の人々がどのように考えるのか、という歴史的な問題もあります。しかし、今必要なものは、善悪あるいは勝ち負けといった明確な結論を導き出すための“強い”ことばではなく、その困難を解きほぐすための粘り強い思考と持続的な対話ではないでしょうか。

    ※「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2019」のグループ展「ケソン工業団地」の小冊子より引用

 

 

 「あいちトリエンナーレ2019」の騒動の最中、東浩紀氏※3(同企画アドバイザー、後に辞任)がそのtwitterにおいて、騒動の謝罪と反省や配慮、説明不足をツイートする中で、「芸術は友と敵を繋ぐもの」だが「芸術こそが友と敵を作り出してしまいました」と悔恨する。「寛容になれ、と殴りつけるようなものになってしまっていた」というような内容のツイートもあったように思う。

 

 ※3 ・津田氏のアドバイザーとしての立ち位置故、あまり権限は無いようだが、騒動後に津田氏らに説明すべきだと訴えていた。天皇を揶揄するかのような津田氏との対談動画において炎上もしたが、騒動直後、twitter上で明確に謝罪や経緯説明の発信を行った数少ない関係者。初期の脅迫FAXの問題は別として、市民の多くに理解を得られていないことに重きを置いているように感じる(各種世論調査や来場者アンケート等)。蛇足だが「表現の自由と検閲」という問題は騒動初期のみで、「芸術祭の運営面、手続き面」や「公的助成金のあり方」に問題が移っていった。(脅迫などは論外として)表現の自由は担保する。ではそのための具体的なやり方はどうすればよいのかどうすれば大衆理解が得られるのかという今日的な問題だ。
参考URL・東浩紀氏は現在twitterアカウントを削除している。

https://blogos.com/article/396417/

https://togetter.com/li/1389538

 

 これは、橋本氏の言うところの「明確な結論を引き出すための“強い”ことば」や、そういった概念をもった作品を、無配慮に展示してしまったことが騒動の原因であると考え、大きく受け止めていることが伺える。この点は私も同意できる。

 他方、「KYOTO EXPERIMENT 2019」では、先の橋本氏の言葉の通りに「明確な結論を引き出すための“強い”ことば」ではないものを求めたからこそ、成功を収めることができたのではないだろうか。

 さらに橋本氏は「ごあいさつ」の最後に、

 (略)ケソン工業団地の新しい肖像を描こうとする本展は、そうした人々の交流のあり方を通じ、より大きな歴史の流れについて、文化的想像力を促すことになるはずです。

 ※「KYOTO EXPERIMENT 京都国際舞台芸術祭 2019」のグループ展「ケソン工業団地」の小冊子より引用

と結ぶ。

 

 そうなのだ。本展示はここまで見てきたように、短絡的に強く主張してこないからこそ、多くのことに思いを巡らせてしまう作りになっている。これを文化的想像力というのであれば、しっかりと企画趣旨を完遂できているといえるだろう。

 各作品に登場した北朝鮮の労働者たちは、今どうしているのだろうか。今も健康に生きているのだろうか。

 そして、このグループ展に参加した作家たちは現在の韓国でどうしているのだろうか。

 文在寅(ムンジェイン)大統領周辺の者たちと同じく北朝鮮の主体思想を信奉しているのだろうか。

 それとも、南北融和は望みつつも、北朝鮮主導でのそれは問題だと感じ反文在寅デモに身を投じているのだろうか。

 あるいは、なにか新しい作品の制作をしているのだろうか。

 最後になったがKYOTO EXPERIMENTは、今回で10周年を迎える。それを節目としてか、橋本氏は今回をもって退任するようだ。具体的なことは分からないが、前衛作品をメインにしての国際舞台芸術祭を10年にも渡って継続し定着させることは並々ならぬ苦労があったことだろう。特に早急にわかりやすい結果を求めたがる傾向の多い行政や関係各所との折衝では、それこそ(炎上商法のような)「“強い”ことば」などよりも「粘り強い思考と持続的な対話」を実践しそれが実った結果だったのではないだろうか。心から賛意を送りたいと思う。


 橋本氏の退任に伴い、次回より塚原悠也氏、川崎陽子氏、ジュリエット・礼子・ナップ氏の3名でプログラムが担当されるようだ。KYOTO EXPERIMENTの益々の発展を期待したい(※4)。

 

※4 ・参考URL

https://kyoto-ex.jp/home/news/2019/10/27/closing-remarks2019/

https://kyoto-ex.jp/home/news/2019/04/25/directors/

■坂本秀夫(さかもと・ひでお)AICT関西支部事務局長、演劇研究、ライター。京都のことを中心に書ければと思います。

わからないことしか書けないと開き直って

―akakilike『明日で全部が終わるから今までにした最悪なことの話をしようランド』

​ 上念省三 
 

akakilike
“ 明日で全部が終わるから今までにした最悪なことの話をしようランド ”

2019年11月8~10日(8日)

THEATRE E9 KYOTO

演出・振付:倉田翠

出演:石原菜々子、大石英史、倉田翠、斉藤綾子、筒井茄奈子、仲谷萌、西川尚貴、益田さち、森本圭治、吉岡宙

 

スタッフ|
演出助手:平澤直幸
照明:魚森理恵(kehaiworks)
音響:甲田徹
制作:黒木優花
 

舞台監督:大田和司

 怠惰な評論家として何十年かその看板をひっそりと掲げてはいるが、やっぱり基本的にはなんにもわかっていないというのが実感で、だから今回は、とびきりの誠実さをかき集めて、わからないことだけを書くことで、結局わからないまま終わったということをはっきりさせるように努めたいというのも、わかったフリをしてわかったふうなことを書くことが、なんだかマウンティングをしているようで浅ましく、品のないことのように思えてしまったからだが、それというのもただ自分自身のわからなさに向き合う作品に最近恵まれているからであって。

 このまた長いタイトルの公演は、わからないことがたくさんあって、本当に歯が立たないなぁ、もうぼくには一世代若い人の作品は理解できなくなったのかなぁと心細くさせるに十分なものだったのだが、とにかくダンス公演かと思って観にいくとみんなしゃべっているから、あぁまたこんな感じかなと思っていると、どうも様子が違うように思え、それにしてもみんなしゃべっていたからそれに付き合って今回この文章もこんなふうな文体で始めているのだけれど、とにかく一番わからなかったのは、舞台上にいる人たちの相互の関係とか微妙な表情の意味するところとか、言葉にしようのない何か空気みたいなもの/ことについて全く間合いが測れなかったことで、続いてこの舞台上の空間がどのような場所なのか、次に舞台上の時間のありようあるいは経過、それからこれが重要なのかどうかもわからないのだが、なぜ舞台上の人々は皆どこかしら濡れているのかとか、点灯された蛍光灯の増減は何を意味しているのだろうとか、要するに何もわからなかったという体たらく。

​ わからない時はタイトルをヒントにというのは本当に陳腐で、われながら情けなくもなってしまうのだが、まずはこの「ランド」って何なのさ?というのが一二を争う大きな引っ掛かりで、ここから劇場のその時間の場所が特定できるのではないだろうかと思って、それは一体閉鎖的な共同体を意味しているのか、無目的に集まってきたゲマインシャフト的な集まりなのか、などと考えてみて、逆にそのことのバカバカしさに自分がバカに思えてくるのは、だって何かの目的で一つの色の人々が集まってきているランドなんて、気持ち悪いやんかという当たり前のことを忘れていることに気づくからで、そんな当たり前にたまたまそこにいる10人の当たり前の姿がそのままに放置されているようなランド。

 ついでにもう一つ、タイトルでふれられている「最悪のこと」って何かということを考えるのが、普通なら最も手っ取り早い「主題」の把握ということになるのだろうから、この舞台の時間の中で提示された一番の大事件といえば、男(大石英史)が前職を辞めるに当たって職場の事務所を破壊したことで、しばらくして警察に踏み込まれるに至った経緯が語られるのだが、この舞台の上でそれが致命的に悲劇的だったり衝撃的だったり、要するに最悪のこととして語られている様子が全くなく、その事件が出演者全員に共有されているふうでもないし、ある一人の出演者のちょっとしたエピソードとして流れてしまった気がして、むしろその大石の独り言として繰り返される「Facebookで誕生日を非公開にしているんだけど」という挿話自体はわかりやすく(実はぼくも非公開にしている)何度も何度も繰り返されるから、その馬鹿馬鹿しくどうでもいい個人的なことが耳について、むしろそれが最悪のことなのかしらんと思えて、実際終盤で他の女性が同じくFacebookのことを言い始めたり、一人がここで起こったことをレビューする形で立て板に水の如く話し始めた時に、やっぱりこっちのほうが最悪のことと認識されているのかと思って、それは360度ひっくり返って途轍もなくわけもわからずたいそう恐ろしくもあり、いや待てよ、男の言い草を女が反復していることも実は人格が二重化していることだったりしたらそれもずいぶん恐ろしいことだけれども、それを<演劇ではよくある手法だよね>と流してしまっている自分自身がなかなか恐ろしく、けっこう最悪に近い絶望的なことではないのか、などと。

 ぼくは大石と同じようにFacebookの基本データの誕生日は「自分のみ」にしているから、彼とは最初なんとはなしの親近感を持ったが、徐々に彼は不気味さを漂わせ、すると他の人々も不気味になるのかと思うが、そうでもないのは比較級の問題だけかも親近感の有無だけかもしれなくて、たとえば終盤にこの舞台で起きたことをかなりの早口で笑いを浮かべて延々としゃべり続ける斉藤綾子については、どうだろう、最初のうちは<そういえば時々綾子ちゃん独り言いうよな>などとやり過ごしていたのが、だんだん度を越し、変な感じになり、あ、これはこういう特殊能力だか性癖のある痛い人になっているのだなと思うとやっぱり恐ろしく、すると終始周囲を見て受け止め受け入れ、時には立ち尽くしているようにも見えた益田さちの空白感/茫漠感や、最後に二人で踊るダンスの奇妙な硬さや、二人が共に最後の最後にFacebookの誕生日の話をすることも、薄ら寒く。

 益田さちは一体踊っているのかどうかといわれると、ごく最後のほうで少し硬い感じで踊っていたように思うが、ほとんどはアルカイックに微笑んでいただけで、いろんな人から呼ばれたりしているのが『ペンダント・イブ』(黒田育世、2007年初演)の「いくちゃ~~~~~ん」みたいに思えたりもしたのだが、徹底的な受け身の存在、吸収するだけの存在のように思え、こじつけではないにせよ、この舞台全体が彼女の受難の物語のように思えたのは、passion受難とpassive受動が近い言葉だからだろうが、同じく近いといってもpassion情熱であるようには見えないが、冷たい情熱が渦巻いていたのかもしれない、半ば冗談、軽くない軽口としてだが。

 

 ここで語られている言葉の内容は、どうでもいいというか、その内容でなければならない必然はなかったように思えるのだが、もしそうなら、他のことはどうなんだろうと思ってしまうと、やっぱり恐ろしくなるので、どこかでとどめないといけないと思ってしまうのだが、念のため言い添えておくと、わからないことはぼくにとってはさほど恐ろしいことではなくて、むしろ自分にはわからないものがこの世界にあるということで安心することができるとも。

 なぜかたまらない気分になる作品の時間であったことは確かで、でもそれがなぜだったのか何ごとであったためなのかはさっぱりわからなくて、改めてタイトルを見てみると明日で全部が終わるとかいってるけど、そんなことで騙されはしないぞと、もっともっとこの時間の空気や温度を反芻しなければと思うが、その空気や温度を結局つかむことができていなかったことに、あきらめさせられ、愕然とさせられたまま、至現在。

​■上念省三(じょうねん・しょうぞう)ダンス評論。いくつかの大学の非常勤講師、西宮市文化振興課アドバイザー

テクストをめぐる不自由

―『神の子どもたちはみな踊る after the quake』

 藤城孝輔 

 

撮影:宮川舞子
写真提供:ホリプロ

『神の子どもたちはみな踊る after the quake』

【原作】 村上春樹  

【脚本】フランク・ギャラティ  

【演出】 倉持 裕

 

【出演】
古川雄輝、松井玲奈、川口 覚、横溝菜帆・竹内咲帆(子役・Wキャスト)、木場勝己

 

【公演概要】
《東京公演》よみうり大手町ホール 2019年7月31日(水)~8月16日(金)
主催:ホリプロ、読売新聞社
後援:TOKYO FM

《愛知公演》東海市芸術劇場 大ホール 2019年8月21日(水)・22日(木)
主催:CBCテレビ

《神戸公演》神戸文化ホール 大ホール 2019年8月31日(土)・9月1日(日)
主催:関西テレビ放送、キョードーマネージメントシステムズ
共催:(公財)神戸市民文化振興財団

協力:新潮社
企画・制作:ホリプロ

 ここ最近、村上春樹の小説を原作とする舞台公演が相次いでいる。2019年5月から6月にかけては蜷川幸雄演出の『海辺のカフカ』がキャストを一新して再々演された。続いて7月末から8月には『神の子どもたちはみな踊る after the quake』の日本初公演が、当初演出を務める予定であった蜷川に代わって倉持裕を演出に迎えて行われた。そして2020年2月から3月には『ねじまき鳥クロニクル』がインバル・ピント、アミール・クリガー、藤田貴大の共同演出によってダンスと音楽を取り入れた演劇作品として上演される。いずれもホリプロが企画・制作に携わっているこれらの公演からは、1990年代から2000年代の村上の主要な作品を手当たり次第に舞台化しようとする意気込みが感じられる。

 しかし村上自身は長年、自作の映画や演劇への翻案に対して消極的であったことで知られている。2000年代半ば以前の村上作品の映画化は『風の歌を聴け』(大森一樹監督、1981年)をはじめキャリアの初期に数本しか行われておらず、演劇へのアダプテーションは2003年の『エレファント・バニッシュ』(サイモン・マクバーニー演出)までは皆無であった。にもかかわらず、『トニー滝谷』(市川準監督、2004年)あたりから村上は散発的に自作の映画化を許可するようになった。さらに村上の舞台化作品への態度においても過去と近年では変化が見られる。『エレファント・バニッシュ』の公演時、村上は「恥ずかしいので」という理由から観に行くことさえなかったが、2014年の『海辺のカフカ』の再演の際には観劇した上に出演者の楽屋まで訪ねている。(1)

 村上がこのような心境の変化に至った背景は知るよしもないが、彼がこれまで自分の小説が映画や舞台で演じられることに抵抗を感じてきた理由の一つに会話がセリフとして発せられる際の不自然さが挙げられる。村上の小説における会話文と映画や演劇のセリフとの違いについて、彼自身は2005年に行われたインタビューの中でこう語っている。

僕の書く台詞は、そのまま実際に口に出せるものではないです。その多くは、文章の流れの中でしか成立しない台詞なんですよね。文章の中では自然だけど、それをそのまま口にするとたぶんちょっと不自然なものになるかもしれない。[…]だから会話を書くのは比較的得意だけど、だから戯曲やシナリオがうまく書けるかというと、そんなことはないと思います。(2)

 村上がダイアローグに対して抱く違和感は、書き言葉が日本語の話し言葉として読まれる際に生じる違和感と換言することができるだろう。これまでに行われてきた翻案の多くが英語を中心とする外国語への翻訳を経由しているという事実も、この点と深く関係していると見られる。舞台版『神の子どもたちはみな踊る after the quake』と『海辺のカフカ』はいずれもフランク・ギャラティがシカゴの劇団「Steppenwolf Theatre Company」のために翻案した戯曲に基づいており、日本での公演はそれを逆輸入した翻訳劇である。『ねじまき鳥クロニクル』はグレッグ・ピアースとスティーヴン・アーンハートの手によって『The Wind-Up Bird Chronicle』の題で翻案され、音楽や文楽、暗黒舞踏を交えたマルチメディア劇の形で2010年に公演が行われている。(3) 映画においても『バーニング 劇場版』(イ・チャンドン、2018年)や『神の子どもたちはみな踊る』(ロバート・ログヴァル、2008年)をはじめ外国語作品へのアダプテーションが多い。また日本語作品の場合でも、トラン・アン・ユンやサイモン・マクバーニーといった外国人が監督ないし演出を務める映画や舞台が見られる点が特徴的である。村上がこれらの翻案に許可を与えたのは、言語的あるいは文化的な翻訳を介することで、日本語における書き言葉と話し言葉の齟齬から生じる「不自然さ」が和らげられると考えているためではあるまいか。

 倉持が演出した舞台『神の子どもたちはみな踊る after the quake』は、まさにこのテクストと発話の関係をめぐる問題を内包した作品であった。本作の原作は2000年に刊行された村上の短編集『神の子どもたちはみな踊る』である。阪神大震災をめぐる六編の短編小説が収録された同作から「かえるくん、東京を救う」と「蜂蜜パイ」の二編が選ばれ、「蜂蜜パイ」の主人公である三十代の小説家、淳平が書く物語内物語として「かえるくん、東京を救う」が組み込まれることで二つの物語のシーンが交錯する構成となっている。複数の短編小説に基づく翻案は英訳短編集『The Elephant Vanishes』(1993年)収録の「象の消滅」「パン屋再襲撃」「眠り」を原作とする『エレファント・バニッシュ』と共通する手法である。今回舞台化された二編は1995年1月の阪神大震災から同年3月に東京で起きた地下鉄サリン事件までの時代背景を踏まえた作品であるが、一緒に観劇した友人が劇中で言及される地震を2011年の東日本大震災のことだと思って観ていたのは印象的だった。本作で描かれる地震の余波はポスト3/11の日本という文脈の中で、観客が最も身近に経験した大災害のトラウマに共鳴したのかもしれない。

 ギャラティが翻案した『神の子どもたちはみな踊る』の戯曲において特徴的なのは、短編二作の文章(ジェイ・ルービンによる英訳の文章)を地の文も含めてほぼそのままの形で劇に使用している点である。(4) かえるくんを演じる木場勝己が「蜂蜜パイ」のシーンでは語り手となり、「かえるくん、東京を救う」では古川雄輝が劇中劇の作者である淳平として地の文を語る。さらに小説の地の文をモノローグやダイアローグに構成し直すなどの工夫が凝らされ、原作の文章がほぼ改変なしに発話される。村上自身が「不自然なもの」と認める小説の会話文を意図的に登場人物の言葉として多用することで、本作は村上作品独特の雰囲気を再現しているように見える。

左:横溝菜帆、右:古川雄輝

撮影:宮川舞子
写真提供:ホリプロ

 もっとも、辛島デイヴィッドが指摘するように、日本語版の舞台は必ずしも村上の文章をすべて一字一句正確に採用したわけではない。『海辺のカフカ』に続いてギャラティの戯曲を訳した平塚隼介は耳で聴いて理解できるように「舞台の観客のために丁寧にかみ砕い」た日本語に翻訳している。(5) 平塚の翻訳について辛島は一度英訳されたニュアンスを生かして「ギャラティの台本に『忠実』に訳している」と評価しているが、私が気づいた例では小説「蜂蜜パイ」中の淳平の台詞に出てくる「痩せた蛙」という言葉が劇中では「痩せガエル」という小林一茶を連想させる表現に置き換わっていたり、小説中の高槻の台詞「でも女の気持ちについては、水死体よりも鈍感だ」という台詞が「土座衛門だって、お前よりまし」に代わっていたりと、文化的に比較的無臭な村上の原作よりも日本文化を踏まえた言葉を積極的に用いている印象を受けた。とはいえ、村上の文体的な特徴を残すために小説の文章を採用している部分も多く、全編を通して村上の文章の雰囲気が色濃く感じられる。村上の原文からの引用にせよ、ルービンの英訳からの重訳にせよ、小説のテクストが尊重されることで舞台は朗読劇に接近していると言える。

 日本語訳における工夫のみならず、テクストを台詞やナレーションとして発話する出演者もまた村上調の文章を観客にわかりやすくするために腐心する様子が見られた。それが特に目立ったのは、淳平の学生時代の友人・高槻および劇中劇の主人公・片桐の二役を演じる川口覚である。蜷川幸雄が主宰したさいたまネクスト・シアター出身で舞台経験の豊富な川口は、誇張したジェスチャーを活用して台詞の意味を観客に伝えようとする。例えば、かえるくんからみみずくん退治の協力を求められた片桐が「私よりもっと強い人はほかにいるでしょう。空手をやっている人とか、自衛隊のレンジャー部隊とか」と答える場面で、川口は拳を突いて空手の型を演じて見せ、自衛隊員の敬礼を真似する。高槻が先述した「土左衛門」の比喩を出すくだりでは腕を波のように動かして、村上ならではの突飛な比喩が理解しやすいようにしている。さらに高槻が「これから沖縄に飛ばなくちゃならないんだ」と語る時には、「ハイサイおじさん」のメロディを鼻歌で口ずさんで沖縄の伝統舞踊カチャーシーの所作のように腕を振りながら退場する。舞台俳優としての身体性を最大限に生かした川口の演技には、小説のテクストを違和感なく伝えるための努力が感じられた。

 こうして見ると、原作小説の文章にがんじがらめに縛られた不自由な劇という印象を受けるかもしれない。確かに、そういう側面は否定できない。本作は世界的に人気の高い村上の小説のテクストに対し、おそらくは作家本人すら望まない形で従属している。しかし倉持の演出で注目すべきはその不自由さを名作小説の翻案にありがちな欠点としてではなく、作品の中心的な主題として意識的に提示している点である。それは、舞台上での語り手と登場人物のやり取りに顕著に表れている。基本的に本作では、木場勝己の語り手は「蜂蜜パイ」の物語の中に介入せず、古川雄輝が淳平として「かえるくん、東京を救う」の語り手を務める際も劇中劇の中に入っていくことはない。だが、語り手が舞台上の人物の行動や心情を語る際、彼らは時として人物のほうを向き、あたかも指示を出すかのように人物に語りかける。例を挙げると、淳平が松井玲奈演じるヒロインの小夜子と初めてキスをする重要なシーンで、木場の語り手はステージの中央に立ち尽くす淳平に向かって「淳平はほとんど無意識に手を伸ばして、静かに彼女の体を抱き寄せた。抵抗はなかった。彼は小夜子の体に両腕をまわし、その唇に唇をかさねた」と言う。淳平は、まるでその言葉を聞いて当惑したかのような表情で一瞬語り手を見る。その後、彼は舞台の上手側にいる小夜子に近づいていき、語り手の言葉どおりに彼女を抱き寄せ、口づけを交わす。

 このシーンは、物語上では登場人物の自発的な行動であるにもかかわらず、語り手の言葉――小説のテクスト――によって決定された行動として提示されている。本作における登場人物と語り手の言葉の関係は、アダプテーションの原作小説に対する従属関係に相似するものであると言えるだろう。原作で定められたプロットをたどるほかない物語、テクストに書かれた台詞を発するしかない俳優たち。本作は、村上の小説のテクストをあえて台詞やナレーションとして「不自然な」まま発話させることで、小説を翻案した舞台が本質的に有する不自由さを際立たせているのである。

 無数の木箱が乱雑に積み重ねられたかのような舞台セットもまた、このような不自由さの演出に一役買っている。箱のモティーフは「蜂蜜パイ」の中で小夜子の娘の沙羅が見る悪夢の内容から採られていると見られるが、劇には取り上げられていない短編集の別の作品「UFOが釧路に降りる」に登場する謎の小箱や「アイロンのある風景」の登場人物が繰り返し見る冷蔵庫に閉じ込められて死ぬ夢など、村上の短編集全体を通して変奏を重ねながら何度も描かれる主題である。本作では淳平や沙羅がたびたびステージ背景の壁に積まれた木箱の中に窮屈そうに収まった様子を見せる。閉所恐怖症的な彼らの姿は、友人の高槻への遠慮から小夜子との関係に踏み切れなかった淳平の後悔と孤立、そして地震男が自分を箱の中に押し込めようとするという悪夢に取りつかれた沙羅の恐怖心を表現するとともに、原作小説という枠組みの中で自由に身動きの取れないアダプテーションのありようを視覚的に体現しているようにも見える。

 箱のモティーフは、本来蜷川幸雄がこの舞台を演出するはずであった事実を踏まえることでさらなる意味を持つようになる。というのも、同じく村上作品の舞台化である『海辺のカフカ』において、蜷川幸雄は可動式の透明なアクリルのケースに入れたセットを場面ごとに出し入れする手法を用いて、単行本で上下巻合わせて800頁以上に及ぶ長編小説の世界をステージという限られた空間の中で視覚化しているためだ。(6) キャスト以上の人数の黒子たちが手で操作する大小さまざまなアクリル・ケースは万華鏡のようにステージ上を滑らかに動き回り、幻惑的な美しさを醸し出していた。アクリル・ケースに入っているのはセットだけではなく、劇の冒頭を含めていくつかの場面では主人公の田村カフカが高松で滞在する図書館の館長である佐伯がアクリル・ケースに入ってステージを通り過ぎていく。その様子は、蜷川が監督した映画『青の炎』(2003年)で描かれるガラスの水槽の中で体を横たえる二宮和也の印象的なイメージを想起させずにはいられない。二宮が父親殺しの計画を実行する高校生を演じた『青の炎』において、ガラスの水槽は若き主人公の孤独や疎外感の象徴であった。一方『海辺のカフカ』においてアクリル・ケースに入った佐伯の姿が体現しているのは、彼女の若き日の喪失と孤独の記憶である。十代であった1960年代に恋人を学生運動の混乱の中で失った佐伯は、中年になった今でも当時の記憶を心に抱えた女性として描かれる。アクリル・ケースに密閉され、決して解けることのない氷のように心に巣食う佐伯の記憶は過去の記憶が持つ重圧をありありと示すものであった。

 『神の子どもたちはみな踊る after the quake』の演出を予定していた蜷川の死後に倉持が本作の演出を引き受けている点、かえるくん役の木場が『海辺のカフカ』に初演から出演していた点などを考慮すると、箱のモティーフが蜷川に対するオマージュであると解釈することは難しくない。今回、蜷川幸雄という偉大な演劇人からバトンを託された形となった倉持が感じたであろう重圧も箱に閉じ込められた淳平や沙羅の不自由な姿に込められていたのだろうか? その答えはもちろんわからないが、本作が小説のテクストという縛りを挑戦として受け入れ、その中で全力で格闘していたことは間違いない。今日の演劇や映画において盛んに行われるアダプテーションという営為について観客に改めて意識させる作品である。

■藤城孝輔(ふじき・こうすけ)岡山理科大学教育講師/映画研究・映像翻訳

左:木場勝己、中央:松井玲奈、右:川口覚

撮影:宮川舞子
写真提供:ホリプロ

(1) 村上春樹『村上さんのところ コンプリート版』(東京:新潮社、2015年)、ebook。
(2) 村上春樹/「文學界」編集部「『恐怖をくぐり抜けなければ本当の成長はありません』『アフターダーク』をめぐって」『夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです 村上春樹インタビュー集 1997-2009』(東京:文藝春秋、2010年)、296頁。
(3) Greg Pierce and Stephen Earnhart, adapts., The Wind-Up Bird Chronicle (New York: Dramatists Play Service, 2018), 3. ただしホリプロ版『ねじまき鳥クロニクル』のウェブサイトにはアーンハートおよびピアースの両名はクレジットされておらず、代わりにクリーガーと藤田が「脚本」として名を連ねていることから、2020年2月~3月に日本で行われる舞台とは別作品であると考えられる。
(4) Frank Galati, adapt., after the quake (New York: Dramatists Play Service, 2009).
(5) 辛島デイヴィッド「胸躍る翻訳劇」市川安紀編『神の子どもたちはみな踊る』劇場用プログラム([東京]:深雪印刷、2019年)、39頁。
(6) 蜷川幸雄演出の『海辺のカフカ』は2012年5月~6月に初演(田中裕子、長谷川博己出演)、2014年6月~7月に再演(宮沢りえ、藤木直人出演)が行われ、蜷川の死後である2019年2月(パリ)および5月~6月(東京)に行われた再々演では寺島しのぶが佐伯、岡本健一が大島を演じている。私が観たのは2015年5月にロンドンのバービカン・シアターで催された宮沢りえ版の公演である。

令和元年の伊藤野枝

―『美しきものの伝説』から『ブルーストッキングの女たち』へ

​ 瀧尻浩士 
 

撮影:中谷利明

左から、伊藤野枝、荒畑寒村、平塚らいてう、尾竹紅吉

撮影:森口ミツル

兵庫県立ピッコロ劇団設立25周年記念・兵庫県立ピッコロ劇団第65回公演

「ブルーストッキングの女たち」
作=宮本 研  

演出=稲葉賀恵(文学座)

​2019年10月4~9日(6回公演)

〈出演者〉
らいてう/平井久美子、市子/野秋裕香、紅吉/今井佐知子、保子(大杉栄の妻)/木全晶子、ミツ(辻潤の母親)/亀井妙子、野枝/田渕詩乃、松井須磨子・ノラ/森万紀、島村抱月/岡田力、辻潤/三坂賢二郎、荒畑寒村/今仲ひろし、奥村博/菅原ゆうき、大杉栄/原 竹志、甘粕憲兵大尉/中川義文、森憲兵曹長・メゾン鴻の巣のバーテン/橘義、当番兵・ヘルメル/浜崎大介、尾行警官/風太郎、メゾン鴻の巣の女給・リンデ夫人/杏華、日蔭茶屋の女中お源・女中/木之下由香、魔子/木村美憂、一/西口翔真(子役)

美術=柴田隆弘、照明=吉本有輝子(真昼)、音響=藤田赤目、音響操作=横田和也(LLC.ARTS)、衣裳=中村洋一(東京衣裳)、殺陣=映見集紀(B.E.A.T)、尺八指導=岳人山、演出助手=眞山直則、舞台監督=鈴木田竜二、舞台監督助手=政香里沙、演出部=堀江勇気・車貴玲・有川理沙・金田萌果、イラストとチラシデザイン=チャーハン・ラモーン、制作=山本由利子・新倉奈々子

 『ブルーストッキングの女たち』とは、青鞜社に集まった女性たちを指す。青鞜社の平塚らいてう、伊藤野枝、大杉栄、荒畑寒村ほか実在の人物をほぼ史実に沿って、大逆事件後から大杉、野枝の死(甘粕事件)までを描く。

 作者宮本研には、同じ題材の作品『美しきものの伝説』がある。登場人物も事件の流れも、ほぼ同じである。では何が違うのか。まず登場人物の名が愛称となっている。例えば大杉栄はクロポトキン、荒畑寒村は暖村、平塚らいてうはモナリザというように実名設定はされていない。だが劇を観ていくと誰が誰なのかは自ずとわかってくる。愛称は実在の人物を隠すためではなく、むしろその人物の属性をアイコン化するためにある。一方、『ブルーストッキング……』はすべて実名である。同じ登場人物の扱いの違いをどう捉えるかにより、『ブルーストッキング……』として、宮本研が同じ題材を再度劇化した意味がより明確になるかと思われる。

 『美しきもの……』には主人公はいない。無政府主義の革命思想と女性解放を唱える若者たちがそれぞれの理想を持って語り合う。登場人物すべてが主人公とも言える群像劇である。かたや『ブルーストッキング……』は題名どおり青鞜社の女性たちが筋の中心であるが、その中のまた軸たる人物が伊藤野枝である。青鞜社に同じ志のもと集まったはずの女性たちが次第に違う道を歩み始める。だが野枝だけが運動に突き進んでいく。宮本は新しい世界作りを夢見る若者の群像劇から、新しい生き方を模索する女性の劇へと視点を変えたのだ。

 『美しきもの……』の初演は1968年。大学紛争、学生運動真っ只中の頃である。描く時代は大正期と違いはあるが、60年代末当時の社会変革、革命の理想を抱いた若者たちの会話が、大正期の改革者たちのアイコンを借りて、舞台で再現されるかのようだ。劇の調べはどこかに希望の明るさがある。クロポトキンこと大杉栄はこういう台詞を語る。「花で飾った一本の杭を立てよう。そこに民衆を集めよう。そしたら、それが祭りになる……幸福で自由な民衆には、劇の必要はない。必要なのは祭りだ。」理想に集まった若者たちの祭りの伝説がこの作品である。

 『ブルーストッキング……』の初演は、1983年。バブル期を目前に世の中が上り坂の頃である。男女雇用機会均等が叫ばれ、女性の社会進出が期待された時代である。宮本は同じ題材をもって、今度は野枝を中心に「女性の時代」へ向かおうとする女たちの生き様に焦点をあてた。舞台上の生き生きとした青鞜社の女たちを見ていると、初演の80年代の頃、ワンレングスヘアーでボディーコンシャスに身を包み、外面的に自由を謳歌していた女性たちの姿がだぶって見える。女性解放といいながらも家庭に入ってしまう平塚らいてふ、酒を飲み、男のような振る舞いをしていた紅吉も結婚とともに着物に身を包むしとやかな婦人となる。理性が全面にあったはずの市子は恋愛刃傷沙汰を起こしてしまう。結局誰もノラにはなれなかったし、「人形の家」を出ることはなかった。野枝だけが己の自由意志を最後まで貫いた。だがその果てに待っていたのは、死。青鞜社の誰が一体、幸福だったのだろう。男たちを尻目に街を闊歩した80年代先端の女性たちは、あれからどこへ行きついたのだろう。

 今回令和元年の『ブルーストッキング……』の上演は、文学座の女性演出家、稲葉賀恵による舞台である。公演フライヤーの中で稲葉は、「『今』この作品を上演することの意味を噛み締めながら創作したい」と語っているが、どうその意味を噛み締めたのか。平成から令和へと向かう時代において、果たして伊藤野枝が目指した、女性が思うままに生きる時代を女性は勝ち得たのだろうか。

 初演の野枝役が三田佳子であることを考えると、今回のピッコロ劇団の野枝はある意味とても地味である。別の言い方をすれば、とんがった思想と生き方を選んだ伊藤野枝という役の中で、バブルへと向かう仮りそめの時代の華やかさを身にまとった初演当時の女性像を三田が体現していたとするならば、劇中の思想そのものは別として、令和の野枝にはどこか現実味を帯びた地に足ついたリアルさがある。どこかで見知っている女性のような気さえする。そして男たちは皆優しく弱い。現代風に言えば草食男子ばかりだ。時代が作品にようやく追いついてきたのか、それとも実はいつの時代も男女の内面的関係性は同じであったのか。

 ウーマンリブ、フェミニズム、ジェンダーというように言葉と運動は形を変えて発展しながらも、平成から令和にかけてもまだ女性の改革が到達したとは言い難い。宮本研は初演の1983年の時点でこれから急速に展開する女性進出の流れを嗅ぎ取り、そしてその先も続く道のりを予見して、『ブルーストッキング……』を書いたかのようだ。

 これからも伊藤野枝は時代の中で、舞台の上で、何度も死んで、何度も現れるだろう。違う姿で、違う声で。『ブルーストッキング……』の舞台を見ることが、その時代時代の中で生きる女性が今どの過程の、どの地点にいるのかを確認することになる。それが「今」、この作品を上演することの意味ではないだろうか。

 令和元年の今においても、これから先も、そして女にも男にも、この作品の「伊藤野枝」は、それぞれの時代の中での女性の存在について、疑問を投げかけてくることだろう。そして我々は舞台を観ることでその答えを模索する。

■瀧尻浩士(たきじり・ひろし)演劇研究。現在の関心は、桜隊と女優園井恵子の生涯。明治大学文学部卒業、オハイオ大学大学院国際学修士課程修了。大阪大学大学院文学研究科在籍。

左から、伊藤野枝、大杉栄

撮影:森口ミツル

野外劇場の余白の風

―野生「能」2019: 火魔我蹉鬼(KAMAGASAKI)  洲波羅(SUHARA)  富久破裸(FUKUHARA)

​ 岡田登貴 
 

森村泰昌 野生“能”2019 神戸公演(新長田ArtTheater dB神戸)  画像提供:下町物語2017-2019:森村泰昌 野生“能”プロジェクト

撮影:福永一夫

創作・脚本:森村泰昌  

演出:あごうさとし  

企画・プロデュース:木ノ下智恵子
出演:森村泰昌、太田宏、葛西友子(パーカッション)、太田真紀(ソプラノ)
映像:藤井光、岸本康  音楽:伊左治直
会場:北河原市営住宅跡地(京都市南区東九条) 

2019年11月17日観劇

 

 京都駅のすぐ南に東九条マンモス広場と呼ばれる空地がある。1962年に建設された北河原市営住宅があった場所である。この団地はかつていわれなき差別を受けた人々や、在日と呼ばれる朝鮮半島出身の人々も多く住んだ場所だ。五階建四棟の団地は老朽化しとりこわされ、ぽっかりと巨大な空地が出現した。


 2019年11月その場所に野外劇場が仮設された。野外劇場といっても10坪くらいの舞台にテントの楽屋、客席は木造のベンチが30脚ほど置かれただけのものである。まわりを屋台がとりかこんで、こども連れも多くおとずれあたたかい雰囲気だが、劇場は巨大な広場のほんの一角で、のこりのスペースはたそがれの中、ほしいままに風が舞う。
 

 その野外劇場で現代美術家森村泰昌が "野生「能」"を行った。これは1週間前に神戸市の長田で上演され、東九条は二度目の公演である。この "野生「能」" のテーマは三都をめぐる物語。大阪、京都、神戸の最奥部、釜ヶ崎、須原、福原をモチーフにしている。
 

 冒頭、力強いがさほど音色の多くないパーカッションが葛西友子によって演奏される。音楽は伊左治直。男が二人パラレルに舞台前に登場し、奥のスクリーンに映像が映し出される。洋画家松本俊介のことばが画面にうちこまれていく。戦争で燃える町はその下に多くの人の死があるが、それでも美しいということば。男たちはそのことばを語り、野生「能」ははじまる。本来の能になぞらえるなら、次第~道行のシーンだ。
 

 観客は三都をめぐる道行にいざなわれ、やがてスクリーンに巨大な建物が現れる。圧倒的な迫力の映像だ。このシーンの映像は藤井光。現れたのは今年の春閉鎖された釜ヶ崎あいりん総合センター。二人の男はこの建物について、この建物に倚っている人々について語る。不覚にも私はその男の一人が森村泰昌だと気が付かなかった。うまいのだ。話す言葉がしっかりと舞台のことばとして立ち上がっている。美術家が俳優以上にもの言う術を身につけていることにまず驚いた。共演の太田宏の台詞も素晴らしい。太田と森村で言葉を舞台に打ち立てていく。まさに世阿弥の言う「開聞」である。ここではあいりん総合センター自体がシテであろう。舞台は能の一声~クリ~サシ~クセというふうに、徐々に盛り上がっていく。

 
 さて、場面は釜ヶ崎から須原にうつる。須原地区の小学校校長がつくった「柳原町歌」がかわいい声で歌われる。この地区は明治時代から部落解放の先鋭地区であり、柳原銀行など進歩的な施設が町衆の力でつくられた場所である。このシーンのあと、間狂言と銘打って森村が演説をぶちあげた。フクシマの核のゴミをそのままの形に保存せよと。しかし、この場面は前後のバランスからいって少し長すぎたと思う。能でも長い間狂言はあるが、もう少し整理してもよかったのではないだろうか。


 舞台はかわって二人の男(太田・森村)と白い衣装の女性歌手(太田真紀)とが、角材を狂言《三本柱》のようにかついで舞台をまわる。「意味」をはぎとった所作はさながら序の舞というところか。ソプラノの独唱とともに背後に映された京都の地図が日の丸に打ち替わって燃えていく(映像:岸本康)。
 

 終幕、福原のシーン。ここに言葉はまったくない。夜の海が映し出され、その海からカメラは上陸する。この映像もよかった。ひんやりとした空気と、少しの生臭さが観客のほうに流れてくるようだった(映像:藤井光)。
 

 上で書いたように、舞台の進行は従来の能にあてはめても納得のいくように構成されている。森村の能に対する理解が、本質をつかんでいることを表しているのだと思う。森村が名画の人物になりきる「美術史シリーズ」はつとに有名だが、これは、元の美術作品の本質をつかみとることからはじまる。今回の舞台はそれが能にまでおよんだということができよう。


 演出のあごうさとしは、映像を使いこなすのが巧みだ。生身の役者と映像を融合させ、時には対立させる。彼の初期の代表作品《レオナール・F》も映像の使い方が印象的だった。今回も藤井、岸本という力のある作家の作品を贅沢に使い、映像をただの方便でなく、役者や音楽と拮抗するものとして機能させている。これには美術家森村の寄与も大きいだろう。


 たそがれが夜に落ち込む頃舞台ははじまり、やがてすっかり闇になり、広場の余白は黒々として風が巻きあがる。その暗さのなかをこどもたちは舞台とは関係なく、ときおり歓声をあげて走り回る。終幕では巨大広場のフェンスの向こうを「雪やこんこ」のメロディーを流しながら、灯油の移動販売車がゆっくりと通り過ぎていった。舞台でシリアスなドラマが上演されているすぐそこに、おだやかな日常がある。舞台が余白なのか、日常が余白なのか、そのあわいがとけあって深く心に沈んでいく上演であった。

​■岡田登貴(おかだ・とき)1957年生まれ。劇団くるみ座出身。ラジオ番組・CMの演出・プロデュースを職業としながら、放送大学大学院文化科学研究科修士課程修了。2019年4月より、大阪大学大学院文学研究科文化表現論専攻音楽・演劇学専修博士後期課程に在籍。研究テーマは大きくは宗教と演劇。本願寺坊官にして能役者の下間少進について研究を進めている。興味分野は能を中心に演劇全般、他に仏教、茶の湯、俳諧、日本画、西洋美術など。

森村泰昌 野生“能”2019 京都公演(東九条:北河原市営住宅跡地)  画像提供:下町物語2017-2019:森村泰昌 野生“能”プロジェクト

撮影:岩本順平

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