Critique
レーマン『ポストドラマ演劇』、中国と日本
 瀬戸 宏
2019年の宝塚大劇場公演を振り返る
​ 小竹 哲 
■レーマン『ポストドラマ演劇』、中国と日本
​ 瀬戸 宏 
 

*本稿の内容は、2019年10月12日、13日に南京大学で開催された「グローバル化時代の演劇評論国際シンポジウム」で中国語で報告したものである。幸い好評で、『戯劇芸術』(上海戯劇学院)2020年第1期に原稿が掲載されることになった。ここに発表するものは、中国語原稿を日本語に直したものである。日本語化するにあたって、日本の読者に理解しやすいよう、一部削除および修正加筆してある。中国語原稿にあった注は、本誌の性格を考え省略した。

 

  ハンス-ティス・レーマン(Hans-Thies Lehnmann)Postdramatisches Theater(ドイツ語)、Postdramatic Theatre(英語)は1999年にドイツで刊行されて以後大きな反響を呼び、今日まで十数の言語に翻訳されたという。日本では2002年に谷川道子氏らの訳による全訳本『ポストドラマ演劇』が同学社から出版された。これは、世界最初の外国語訳であった。私が現在訪問学者として滞在している中国でも、『後戯劇劇場』の訳名で李亦男(LI Yinan  り・えきだん、中央戯劇学院教授)によって、2010年に北京大学出版社から出版されている。

 日本、中国とも、ただ出版されただけではない。日本語版は2006年に再版された。日本演劇学会機関誌『演劇学論集 日本演劇学会紀要』67号(2019年3月)が「ポストドラマ演劇『研究』の現在」特集を組んだ際(以下、『学会紀要』特集、と略記)、その編集にあたったドイツ演劇研究者の山下純照は巻頭の特集ガイダンスで「日本では-いやむしろ日本でも-たいへん好意的に受容され、その後ポストドラマ演劇の語は批評用語として定着した感がある」と記している。この特集では、5本の論文が掲載されている。『学会紀要』特集は、演劇学会ホームページで読むことができる。http://www.jstr.org/project/project03.html

 中国では、2016年に第二版(修訂版)が出版され、2018年には修訂版第二次印刷が刊行されている。中国でも、ポストドラマ演劇(後戯劇劇場)を批評用語として用いる演劇評論が目立っている。中央戯劇学院発行の演劇研究誌『戯劇』2019年第4期は、「経典新声」(経典は名作、古典の意味)のタイトルのもとで5本の関連論文を掲載している。事実上の特集である。

 日本、中国を問わず演劇研究書の読者は少なく、それが増刷されることはほとんどない。それにもかかわらず、『ポストドラマ演劇』は日・中とも増刷されただけではなく、演劇研究誌で特集まで組まれている。日本・中国演劇研究界の『ポストドラマ演劇』への注目ぶりが理解できるだろう。

 私は、『学会紀要』特集に「王翀(ワン・チョン)と『ポストドラマ演劇』」を寄稿していたので、『戯劇』にも注目し、関連論文を通読した。その結果、中国と日本の『ポストドラマ演劇』の受容には、大きな違いがあることに気がついた。どのような相違があるのか、その相違は何によってもたらされたのか、それを探ることが本稿の目的である。

一、中国演劇研究界の『ポストドラマ演劇』理解

 私は、『戯劇』などの関連論文を読んで、中国の研究者には『ポストドラマ演劇』を巡って見解の相違があるだけでなく、共通する認識があることに気がついた。

 第一に、見解の相違があっても、中国の研究者はいずれも、レーマンは『ポストドラマ演劇』を通して一つの“理論”を提出していると認識していることである。最も代表的なのは、陳恬(CHEN Tian  ちん・てん、南京大学副教授)である。彼女は「イギリスナショナルシアター・ライブとドラマ演劇の危機-あわせて費春放教授との討論」などの論文で、何度も“ポストドラマ演劇理論”という言葉を使っている。論争相手の費春放(FEI Chunfang  ひ・しゅんほう、華東師範大学教授)もこの点では陳恬と一致している。“ポストドラマ”は費春放の論文のキーワードになっているのである。そのほかの研究者はやや慎重で、たとえば“ハンス・ティス・レーマンが『ポストドラマ演劇』で述べた理論”(孫恵柱 SUN Huizhu  そん・けいちゅう、上海戯劇学院教授)、“レーマンの理論”(麻文埼、MA Wenqi、ま・ぶんき、中央戯劇学院教授)のような表現をしている。全体的に言って、中国の演劇研究者はみな、『ポストドラマ演劇』は“理論”を提出した書だとみなしている。

 第二に、“ポストドラマ演劇”を巡る討論と“演劇の文学性を訴える”ー主流演劇あるいは文学的演劇の危機問題の討論が結びついていることである。この両者は本来は別の問題なのだが、上述の認識に基づき、文学的演劇の擁護者費春放は「多くの人が西側の“ポスト戯曲”(post-dramatic、“ポストドラマ”と訳す人もいる)理論を積極的に伝播し実践し、文学性を薄めるあるいは別れを告げることが演劇発展の最新の、また必然的な趨勢だと考えている。」と述べている。費春放の発想は明確である。“ポストドラマ理論”を宣伝することは、より優れた劇文学を創作しようとする意欲を殺ぎ、意識的にあるいは無意識に文学的演劇(ドラマ演劇)に危機をもたらすのである。

 第三に、『ポストドラマ演劇』それ自体や『ポストドラマ演劇』のヨーロッパ演劇研究界での反響の研究は多くないことである。しかし中国の演劇研究者は“ポストドラマ演劇理論”が中国演劇に与える影響を熱烈に討論し、これを“名作”とみなしている。『戯劇』2019年第4期の5本の論文は、“経典新声”(名作を新たに語る)欄に掲載されているのである。

 第四に、中国語版『ポストドラマ演劇』は全訳ではなく、省略のある選訳本であることである。訳者の李亦男は「修訂版あとがき」で中国語版は全訳ではないこと、「選んだ部分は英文版と一致している」ことを明確に述べている。しかし、中国の研究者は選訳本を用いて討論することの是非について問題にしていないのである。(日本の研究者の英語版の欠点についての意見は、三節で述べる。)

二、日本演劇研究界の『ポストドラマ演劇』理解

 日本演劇研究界の『ポストドラマ演劇』理解の基本内容は、上述の『学会紀要』特集をみれば理解できる。

 第一に、日本の演劇研究者は一般にレーマンが『ポストドラマ演劇』の中で“理論”を提出したとは考えていない。

 特集企画にあたった山下純照(成城大学教授)は、巻頭の「ポストドラマ演劇『研究』の現在ー特集へのガイダンス」で、彼のポストドラマ演劇への“理解”を次のように述べている。

「ポストドラマ演劇とは、文学的テクストつまり戯曲を用いるか否かにかかわらず、それがもはや中心にはなっておらず、言い換えれば戯曲を上演することとしては定義できない演劇であって、むしろ多様な演劇的要素を平等に扱うような演劇のことである。」

 山下純照は、これは“理解”であって“定義”ではないことを強調している。彼は、レーマン自身も『ポストドラマ演劇』の中でポストドラマ演劇の概念に定義をおこなっておらず、“ポストドラマ演劇の一つの原理”とか“ポストドラマ演劇のパラダイム”という言い方をしているだけだ、と指摘している。“定義”できないからには“理論”は語れない。レーマン個人の演劇理論は存在しているかもしれないが、普遍性をもった“ポストドラマ演劇理論”は存在し得ないのである。『ポストドラマ演劇』日本語訳の中心となった谷川道子は、日本語版「訳者後書き」で、「ここに画期的な新理論が完結的に構築されているわけではない」と述べている。国際演劇評論家協会(AICT)日本センター刊行物の『シアターアーツ』49号(2011年12月)は演劇学会に先立って「ポストドラマ演劇<以後>」特集を組んだが、その中で西堂行人(当時、日本センター会長)もこう述べている。

「まずはさまざまな舞台の新しい現象を並べてみたという印象が強く、必ずしも体系化がなされているわけではない。体系化=理論化してしまうことによって、かえって概念の牢獄に幽閉してしまう愚から免れようという意図すら感じられるほどだ。」

 日本の演劇研究者は、“ポストドラマ演劇”は20世紀70年代以降に起こった各種の演劇新現象の総称であって、単一の“ポストドラマ演劇”という演劇形態は存在していない、と考えているのである。レーマンは同書の中で大量の“ポストドラマ演劇”の実例を紹介し、その勃興の必然性を説明し、明らかに“ポストドラマ演劇”に好感を示している。しかしレーマンは同時に、彼は決して“ドラマ演劇”を否定するものではなく、“ポストドラマ演劇”が将来“ドラマ演劇”を消滅させたり“ドラマ演劇”に取って代わったりするするものでもないと、繰り返し述べている。すなわち『ポストドラマ演劇』は、20世紀70年代以来の新しい演劇動向の紹介と総括であって、理論を提出したものではない、ということである。従って、日本の研究者は、外国の演劇研究動向紹介などを除いて、一般に“理論”という言葉を使わないのである。

 第二に、日本の演劇研究者は、“Drama”と“Theater”という二つの概念を区別したのは、レーマンの独創ではない、と指摘している。(中国語版訳者の李亦男は、これがレーマンの独創だ、と指摘していた)『演劇学会紀要』特集執筆者である針貝真理子(慶応大講師)は特集論文の中で、演劇学が勃興した20世紀初めに、“Drama”と “Theater” を区別する学術動向はすでに存在していた、と指摘している。レーマン『ポストドラマ演劇』の重要な意義は、“行動する主体”を特徴とする“Drama”の対立面を提出したこと、すなわち“行動が中断し、解体に直面した主体”を対置したことである。劇中人物が行動しなければ、“Drama”は成立せず、“Drama”の意義を持つテクストもこれに従って解体する。レーマンのこの人間観の背景には、フランスを主とする哲学思想が存在している、と針貝真理子はみなすのである。(中国にも“ポストドラマ演劇”の哲学的背景を指摘する研究者がいる。)

 第三に、日本の研究者は、『ポストドラマ演劇』はヨーロッパでも多くの論争を引き起こしたことを指摘している。針貝真理子は、ドイツの著名な演劇学者も“ポストドラマ演劇”は“戯曲を否定する演劇”だとみなしたことを紹介している。田中均(大阪大准教授)はレーマンとメンケの論争を紹介し、鈴木美穂(東工大講師)は『ポストドラマ演劇』のイギリスでの反響を紹介した。日本の研究者は同時に、『ポストドラマ演劇』はテクストが上演の中でどうのような役割を果たすのか、明確に説明していない、と指摘している。テクストが上演の核心ではなくなっているなら、テクストは結局どのような役割を果たすのか、テクストを使用する“ポストドラマ演劇”と使用しない“ポストドラマ演劇”の区別はどこにあるのか、などで、これらが論争と誤解を引き起こした重要な原因の一つなのである。

 第四に、現在中国学術界で熱烈に討論されている、“ポストドラマ演劇”が“ドラマ演劇”にもたらすマイナスの影響の問題は、日本の学術界、演劇界では問題になっていない。

 この点についての私の考えを述べてみる。『ポストドラマ演劇』には、鈴木忠志の名が出て来る。鈴木忠志らは、1960年代中期に演劇活動を開始した。すなわち“アングラ演劇”“小劇場演劇”運動で、日本の“ポストドラマ演劇”の先駆といってよい。彼らは演劇運動を始めた時、“打倒新劇”(単純化すれば、打倒“ドラマ演劇”)のスローガンを掲げた。鈴木忠志らは現在も演劇活動に従事しているが、『ポストドラマ演劇』日本語版の出版時、鈴木忠志が演劇活動に従事してすでに30年以上が経過していたが、“新劇”は依然として存在している。“アングラ演劇”“小劇場演劇”が“新劇”およびその系統の“ドラマ演劇”を打倒できないことは、歴史がすでに証明しているのである。

 現在の日本演劇界では、“ドラマ演劇”と“ポストドラマ演劇”にはそれぞれの観客がおり、平和共存している(日本の演劇界は複雑で曲折した歴史を経ており、ここではただ簡単に現状の特徴を指摘しておく)。東京には毎日数十から百の上演があり、大阪は東京に及ばないが、それでも北京、上海よりは多いだろう。これらの上演の主流はやはり“ドラマ演劇”およびミュージカルなどである。観劇を好む日本人は、日本の演劇情況をもとに、「文学性の消失が現代演劇発展の全体的趨勢」という状況は日本で存在していないことがわかっている。日本でもしばしば“ドラマ演劇”に良い作品(文学性の高い作品)がない、という嘆きの声が起きる。しかし皆は、これは“ドラマ演劇”それ自体の問題であり、“ポストドラマ演劇”を批判して解決できる問題ではないこと、ましてレーマン『ポストドラマ演劇』日本語版出版が引き起こした問題ではない、ということをわかっているのである。

 上演や観客の量からいうと、日本の“ドラマ演劇”は“ポストドラマ演劇”を上回っている。1990年代以降、日本の“小劇場演劇”は以前ほどではなくなった。衰退した、といってもよい。しかし決して消滅したわけではない。新しい“小劇場演劇”の演出家、演劇集団はやはり絶え間なく出現している。これが、日本で『ポストドラマ演劇』日本語版が歓迎されている重要な背景である。演劇評論家の中には、これらの若く新しい演劇人や彼らの作品を論評する時、『ポストドラマ演劇』を引用して彼らの舞台上演の特質を説明する人もいる。

三、日中両国の研究者は、なぜ認識の相違が生じたのか

 私はここで、中国側と日本側のどちらの理解が正確か、どちらが誤読か、判定する考えはない。双方とも、自己の文化背景に立脚して『ポストドラマ演劇』を理解しているからだ。ヨーロッパ演劇学術界でも多くの意見の相違がある。文化背景が異なるアジアの国の演劇研究者の間で見解が異なるのは、理解できることである。中国の研究者が“理論”を強調するのも、中国独自の文化背景が源にあるのかもしれない。

 しかし、日本の研究者の『ポストドラマ演劇』理解は、中国の研究者の理解に比べて、レーマンの原意により近い、ということは言えると思う。理由は次の通りである。

 第一に、日本の研究者、特にドイツ演劇研究者とレーマンの交流は、中国の研究者よりも多いことである。レーマンは『ポストドラマ演劇』出版以前に、すでに著名なギリシャ悲劇、ブレヒト、ハイナー・ミュラーの研究者であった。1992年に日本の劇団(東京演劇アンサンブル)が『ハムレットマシーン』を上演した時、レーマンは初来日した。この後、谷川道子によれば2011年までにレーマンの訪日は7回におよび、日本の演劇研究者と繰り返し交流しているのである。『ポストドラマ演劇』出版以前、以後を問わず、レーマンの演劇論文も、十編前後が日本の学術、演劇刊行物に翻訳紹介されている。一方、中国に紹介されたレーマンの演劇論文は、私の知る限りでは、三編で、うち一編は英文であった。日本の演劇研究界のレーマンの学術観点への認識は、中国研究界よりも一歩進んでいる、と言えるのである。

 第二に、日本の演劇研究者が『ポストドラマ演劇』を紹介する時、同時にヨーロッパ演劇研究界の肯定的、否定的評価の双方を紹介しており、評価はかなり客観的である。すでに述べたように、中国の演劇研究界は『ポストドラマ演劇』を“名作”とみなしている。私は、『ポストドラマ演劇』は極めて重要な、研究に値する著作であることは間違いないと考えているが、『ポストドラマ演劇』がすでに時間と読者の毀誉褒貶の試練を経た学術名作かは、態度を保留したい。

 第三に、日本語訳は全訳だが、中国語訳は英語訳と同じ選訳本である。英語版に対して、日本の研究者鈴木美穂は『学会紀要』特集の論文で、こう批判している。

「マンビーによる英訳は原著のすべてを含むものではない。原著に忠実に訳されている邦訳『ポストドラマ演劇』と比較すると、英訳では、邦訳で第五章「テクスト」から第九章「メディア」に当たる部分が(一九三頁から三二二頁まで)、「側面--テクスト、空間、時間、身体、メディア」という二〇数ページほどの一章にまとめられている。マンビーは自身によるイントロダクションで、この翻訳は原著を縮小したものであるが、論旨を把握するのに大きな影響はないだろうと述べている(p.15)。しかし原著の約三分の一を占める部分(ここで多くのポストドラマ演劇の実例が記されている)を縮小したことで、英語圏の読者にレーマンの主張が誤読されている可能性もある。原著全文の英訳が望まれる。」

 中文版も英文版と同様である。

 中国演劇研究界が『ポストドラマ演劇』を非常に重視するのであれば、不完全な選訳本で討論すべきではない。省略されている部分は、ヨーロッパ現代演劇の現状に詳しくない読者から言うと、未知の人名、作品名、団体名が頻出し、確かに読みにくく分かりづらい。だが、円満にレーマンの主張を理解するために、できるだけ早く原著の全訳中国語版を出版するよう、私は中国演劇研究界に提案したい。大量の上演実例が削られた選訳本を用いていることが、中国の研究者に『ポストドラマ演劇』は“理論”を提出している、という印象を与える一因かもしれないのである。

*中国語の元原稿には、この後、私は“後戯劇劇場”という中国語訳は正しくないと考えているがその理由と改善案が書かれているのだが、それはここでは省略したい。

■瀬戸宏(せと・ひろし) 摂南大学名誉教授、中国現代演劇研究・演劇評論

2019年の宝塚大劇場公演を振り返る
​ 小竹 哲 
 

 2019年は宝塚歌劇105周年の年だった。宝塚駅や大劇場周辺のみならず、阪急電車沿線のあちこちで「105th anniversary」の表示を目にし、宝塚の歴史に残る作品のリバイバルや時代小説のミュージカル化、意欲的な1本立て大作が並ぶ一方、長年宝塚に貢献してきたトップスター2人が退団した。そんな宝塚の2019年を駆け足で振り返ってみたい。


 105周年の宝塚大劇場は、星組公演『霧深きエルベのほとり』で幕を開けた。
 作品の初演は1963年の月組公演、作者は劇作家で東宝のプロデューサーだった菊田一夫(1908-1973)。洋行中の菊田がドイツで見かけた船乗りと良家の令嬢が結婚したという新聞の三面記事をモチーフに書き下ろしたという悲恋物語である。初演時の配役は船乗りカールが内重のぼる、令嬢マルギットが淀かほる(翌々年の東京公演では八汐路まり)。カール役は内重一世一代の当たり役となり、1967年の内重のサヨナラ公演で再演されている。
 1973年、月組の古城都&初風諄のコンビにより再々演(演出は鴨川清作)、1983年には花組・順みつきのサヨナラ公演の演目としてリバイバルされた。相手役は若葉ひろみ、潤色・演出は7月に逝去した柴田侑弘。潤色に当たって柴田はビール祭りの場面やカールの独白シーンにカールの心象風景を織り込んだ。これ以外に1981年には、『エルベ』を原作に内重主演、男性キャストを交えた『カール物語』(矢代静一脚本)が上演されている。
 カールは粗野で悪ぶってはいるが、本当は純粋でいい奴である。あまり指摘されていないけれども、初演のカールには石原裕次郎のイメージが投影されているのではないか。初演の録音を聴くと、内重のカールは陽性で逞しく、超ベタで男臭く、マルギットとの出会いのシーンでは、台詞の一言一言が客席の爆笑を買っていた。3代目カールの順みつきもクサい男役だったが、それでも内重に比べるとスマートで洗練されているように見えた。
 なので、紅ゆずる主演によるリバイバルの報に接した時は、あまりのキャラクターの違いに、正直愕然とした。紅は男役としては線が細い。だからと言って、妖精タイプでも二枚目タイプでもなく、独特のアクはあるのだが、カール役となると果たしてどうなのだろうか。
 そんな紅主演の『霧深きエルベのほとり』の潤色・演出は上田久美子。大劇場デビュー作『星逢一夜』(2015年、雪組)で、第23回読売演劇大賞・優秀演出家賞を受賞した才媛である。初演から56年、前回公演からも36年経過していることもあり、リバイバルと言うよりも、大筋と名場面のみを残してあとは換骨奪胎した、実態としてはリメイクに近い。通常なら「ミュージカル・ロマン」とか「ミュージカル・ロマンス」となる形式名も、“Once upon a time in Takarazuka”とある。
 オープニングは、前述『カール物語』でも使われていた主題歌「鷗の歌」(作曲/入江薫)をエプロンステージである銀橋で歌ったあと、正月公演に相応しく、大階段を駆使した華やかなビール祭りのショー場面となった。この作品には「鷗の歌」やカールとマルギットの出会いのシーンで歌われる「うたかたの恋」以外に、「ビール祭りのテーマ」とも言うべき印象的なコーラスがあるのだが、今回これが割愛されたことにより、舞台全体から受ける印象がかなり変わった。
 リメイクに当たっての変更箇所には枚挙に暇がないが、面白いな、と思ったのは、ヴェロニカという脇役の設定変更である。83年版の脚本では“街の女”とあるのみだったヴェロニカは、初演の設定では酒場の女で、カサブランカではカールとも知己だったようだ。それが今回は船乗りたちが集まる酒場の女将になって、物語の枠付けをする役どころに昇格した。
 物語後半、綺咲愛里演じるマルギットに偽りの愛想尽かしをしたカールとヴェロニカのシーンがあるのだが、単なる街の女より、このほうが物語の構成が安定する。この場面が今回の再演のハイライトシーンとなった。紅のカールはここまで逞しい海の男というよりも、終始ヘラヘラしたチャラ男に見えたのだが、専科・英真なおきのヴェロニカ相手に号泣するカールの背中は、キャラクターの違いを超えて観る者の心を打った。
 このあと元の脚本では、カールを探すマルギットと許婚のフロリアン(礼真琴)とヴェロニカが、海に戻る決意をしたカールの姿を船上に認めるのだが、今回はついにカールを見つけることは出来なかった。その意図するところは分からない。しかし余韻を残す演出だったことは確かである。
 併演のショーは『ESTRAELLAS(エストレージャス)~星たち~』(作・演出/中村暁)。
 大劇場公演千秋楽の翌日、紅ゆずると綺咲美里トップ・コンビの次公演での退団が発表された。

 

 2~3月は当代一の集客力を誇る花組・明日海りお主演の “祝祭喜歌劇”と銘打たれた1本立て大作『CASANOVA』だった。作・演出は生田大和。生田は月組時代の明日海の宝塚バウホール主演のために、三島由紀夫の『春の雪』(2011年)を脚色・演出している。
 明日海は男役として必ずしも恵まれた体格の持ち主ではないが、怜悧な美少年を演じて、明日海の右に出る者はいない。そんな明日海の最大のヒットは、『ポーの一族』(2018年)のエドガーということになろうが、彼女の本質は中性的でもBLではなく、あくまでも男である。『ロミオとジュリエット』(月組、2012年)とロミオとティボルト、『ベルサイユのばら』(月組、2013年)のオスカルとアンドレ、そして万葉ロマン『あかねさす紫の花』(花組博多座、2018年)の大海人皇子と中大兄皇子など2役を次々と演じて、前者が当たり役と見えながら、立役系の後者において想定外のヒットを飛ばしてきた。稀代の色事師カサノヴァもその系譜上にある。
 『CASANOVA』は、ミュージカル『1789』(宝塚初演は2015年)の作曲家であるドーヴ・アチア氏に全曲書き下ろしてもらったという力の入れようで、豪華な衣裳や絢爛たるセットには目を奪われたが、如何せんこれらのお膳立てに見合うだけの肝心の物語が不在だった。そのドラマの隙間を埋めるための歌やダンスのシーンが多く、中堅・新人スターにとって思わぬ好機ではあったが。別格男役スターの鳳月杏が女役を楽しげに演じ、高音が良く伸びる歌声を披露できたことが、最大の収穫だったかもしれない。
 この公演で娘役トップの仙名彩世が退団、そして千秋楽の翌日、紅についで明日海も次の公演で退団することが発表された。

 

 3~4月の月組大劇場公演『夢現無双』は、吉川英治の『宮本武蔵』を脚色したミュージカル作品である。脚本・演出は齋藤吉正。宮本武蔵に珠城りょう、佐々木小次郎に美弥るりか、お通に新トップ娘役の美園さくら。
 実直で骨太の珠城の武蔵も良かったが、この作品の最大のヒットはクールな色男の小次郎を演じた美弥であろう。持前の美貌で、色事師や魔性の者や女役まで見せたかと思えば、『グランドホテル』(2017)では不治の病に罹ったオットーを演じ、地味な役ながら、強烈な印象を残した。どこかの組のトップになってもおかしくない名実ともに兼ね備えたスターだったが、“別格”二番手として月組を支え、この公演で退団。
 肝心の作品は、文庫本で8冊ある原作を1時間半に収めるのは、やはり無理があったのではないか。長大な作品を纏め上げるのに、とにかく沢山のエピソードを詰め込めばいいというものでもあるまい。舞台にはヤマ場もあれば、緩急も必要である。また巌流島に至るまでの武蔵のいくつものエピソードを、今の観客が共通認識としてどれだけ承知しているか。そんな配慮も必要であると思う。
 併演の『クルンテープ 天使の都』(作・演出/藤井大介)のクルンテープとは、タイの首都バンコクの正式名称を略した言葉で、アジアをテーマにした作品は、以前『Asian Sunrise』(作・演出/岡田敬二)という作品があったが、アジアの一国一都市にここまで特化したのはこれが初めてではないか。現代のバンコクの文化なども取り込んで、非常に意欲的な試みではあったが、全編タイが続くと流石にちょっと辛い。好きな人にはいいかもしれないが、香辛料の効いたタイ料理が延々と出てくるような気がした。
 今回の公演は珠城&美園の新コンビ披露だったが、フィナーレのトップコンビによるデュエットダンスの最後、銀橋で美園が「私でいいんですか?」というような仕種を見せた(ような気がした)。これに対し珠城が「OKさ!」というような振りで応えた。藤井のこういう見せ方が巧いと思う。

 

 4~5月の宙組大劇場公演は『オーシャンズ11』。2011年星組初演、2013年花組再演に続く3演目となる、小池修一郎の当たり狂言の一つである。ミュージカル化に際して、ショーの大スター、クィーン・ダイアナという女性キャラクターを書き加え、後半にマジカルなショーの場面を展開させた。ドロップ、セリ、盆の駆使こそが要の宝塚の舞台で、CG映像が初めて効果的に用いられたのもこの作品だったように思う。
 全員叩けばホコリが出るような個性的な登場人物たちの中で、主役のダニー・真風涼帆とその友人のラスティー・芹香斗亜のコンビが絶妙。宝塚の歴史には時おり魅力的な男役コンビが出現する。真風&芹香は2人とも立役系で、真風には二枚目の甘さもあるが、立役同士丁々発止やり合う様は観ていて快く、チョイ悪のカッコいい弥次さん・喜多さんみたいに見えた。
 テスを演じたトップ娘役・星風まどかは、いろいろ経験してきた大人の女性にしては可憐すぎるのではと思ったが、ダイアナの存在を脅かす新人ということであればOKであろう。そのダイアナはサヨナラ公演の純矢ちとせ。男役出身ということもあってか、場面によっては美しさすらかなぐり捨ててこの役を演じ切り、ホテル王ベネディクト(桜木みなと)から去っていくシーンでは拍手が起こった。

 

 宝塚きっての歌えるコンビ望海風斗&真彩希帆をトップに頂く雪組の5~7月大劇場公演は、『壬生義士伝』と『Music Revolution!』の2本立てだった。
 『壬生義士伝』(脚本・演出/石田昌也)は、中井貴一主演で映画にもなった浅田次郎の小説のミュージカル化である。日本物は大事にしなければならないジャンルだと思うけれども、3~4月公演も『宮本武蔵』だった。もっと言えば、雪組は2018年の全国ツアー公演でもズバリ新撰組、土方歳三を主人公とする『誠の群像』を上演したばかりで、いくら何でも流石にちょっと続き過ぎだと思う。
 主役の吉村貫一郎は剣の達人だが、子供が二人も三人もいて、腰が低く、人を斬っては金を無心する。望海は役に忠実に貫一郎像を創り上げ、観客の涙を誘う場面もあったが、宝塚のヒーローとしてはどうだろうか。いっぽう真彩は、貫一郎の妻のしづと京で貫一郎に心を寄せる両替商の娘みよの二役。意図的に主演スターに二役を演じさせることはたまにあるけれども、そうではなく単に出番を増やすために役を二つ準備しなければならないこと自体、作品が組構成に合っていないことの証ではないだろうか。
 ショー『Music Revolution!』(作・演出/中村一徳)は、色彩が暑苦しかった。梅雨時から夏の公演には、涼しげなスッキリした色調の場面が欲しい。「ダッタン人の踊り」から始まり、「革命」「ラ・カンパネラ」「威風堂々」などの名曲が散りばめられる中詰め、群舞がはけると「パッヘルベルのカノン」をロック・アレンジした若手のダンスシーン、そしてフィナーレでは「愛の夢」をアレンジした望海&真彩のデュエットダンスと、クラシック音楽の使い方が印象的だった。

 7月から9月にかけて、年の初めに退団発表があったトップスターの引退公演が相次いだ。
 まず紅ゆずる&綺咲愛里トップコンビのサヨナラの星組公演『GOD OF STARS―食聖―』『Éclair Brillant(エクレール ブリアン)』の2本立て。
 『GOD OF STARS―食聖―』の作・演出は小柳菜穂子。作品紹介にはアジアン・クッキング・コメディとある。紅以下出演者にあて書きがなされており、紅が演じる天才料理人ホン・シンシンのホンは、『西遊記』に出てくる紅孩児の紅(hong)だが、紅ゆずるの紅でもあるのだろう。綺咲の役名アイリーンも愛里だし、店の屋号には「愛麗(ai-li)飯店」の文字も見える。次期トップ礼真琴のリー・ロンロンのリーも、李ではなく礼(li)であろう。
 天界から上海、マカオ、シンガポールと隆盛著しい現代アジアの都市を往来するうちに話は終わってしまい、音楽クリエイターのヒャダイン提供の楽曲も、その喧噪の中に埋もれてしまった感あり。しかしながら、終盤近くのコンテストで、食材に贅を尽くすのではなく、残り物であっても愛情のこもった料理が勝つという件、そして花組から礼の相手役に迎えられた舞空瞳のクリスティーヌが、勝負に負けた礼を「私は真面目なメガネ男子が好きよ」と慰めるシーンにはホロリとさせられた。
 『Éclair Brillant』は大御所の酒井澄夫の渾身のレビュー大作。壮麗で奥行きのある、これぞ宝塚のグラン・レビューである。和声とリズムを排したボレロ、濃淡の緑の群舞もリバイバルに値する。紅の衣裳だけ特別仕様だったが、これは紅と組子が一体になるということで、他のダンサーと同じデザインで良かったのではないか。活人画から始まる礼&舞空の新トップコンビのプレお披露目のシーン、少女(舞空)には見えない風の精(礼)がいじらしかった。
 紅は不思議な個性のトップスターだった。二枚目を演じるとベチャつくし、三枚目は前のめりにスベることもあったが、台湾公演のショー『Killer Rouge/星秀☆煌紅』(2018年)の試演で見せた案内嬢“紅子(べにこ)”の客席いじりでの機転など、ひょっとしたらテレビのバラエティ番組向きかもしれない。

 

 夏休み後半から明日海りおのサヨナラの花組宝塚大劇場公演『A Faily Tale―青い薔薇の精―』『シャルム!』の2本立て。
 『A Faily Tale』(作・演出/植田景子)の青い薔薇の精・エリュは、明日海の最後のステージにどんな役が相応しいか考え抜かれたキャラクターなのだろう。実際公演ポスターの明日海のビジュアルは、この世の者とは思われないほど神秘的で美しかった。ところが実際の舞台は過去と現在、人間界と妖精界、内容が希薄な割に未整理で、最後まで興味を持続するのがかなり辛かった。率直なところ、このコンセプトならば、ショーの一場面でも十分でないかと思ったぐらいだ。
 思うに、『ポーの一族』のエドガーのような既存のキャラクターに演者が寄り添う場合は、キャラクターと演者が共鳴し合って何乗にも魅力が拡がるのだが、演者の個性に合わせてキャラクターを創ろうとするとそれ以上の幅が生まれず、ドラマも膨らまないということではないだろうか。
 とまあ、「青い薔薇の精」の印象は散々だったのだが、併演の『シャルム!』(作・演出/稲葉太地)はパリの地下都市に繰り広げられるレビューという設定が面白かった。タンゴ、中詰め、ロケット、とりわけフィナーレの黒エンビの群舞と見どころも多い。中詰めの舞踏会からロケットにかけてシャンパンゴールドの衣裳も美しく、『くるみ割り人形』の「花のワルツ」のラインダンスには意表を突かれた。
 ところが後半、それまで妖しいだけだ思っていた地下のレビューにレジスタンスのシーンが登場、前半の世界が一変し、抵抗運動と鎮魂の場面となる。映画『ひまわり』のテーマの使い方が素晴らしい。ひょっとしたら前半は亡者の饗宴だったのかもしれない。この死のイメージをも忌避しない創作姿勢は、宝塚歌劇団の演出家だった荻田浩一にも通じるものがある。荻田の変態性には及ばないが、稲葉太地、恐るべしである。

 

 10~11月の月組大劇場公演は『I AM FROM AUSTRIA―故郷は甘き調べ―』。『エリザベート』と同じウィーン劇場協会制作の新作ミュージカルで、潤色・演出は『夢現無双』と同じ斎藤吉正。斎藤も若い頃は世の中に対する認識不足ばかりが悪目立ちしていたが、絶えず発表の場を与えられているうちに、劇団内でそれなりのポジションを得てきたようだ。
 映像の使用が場面によって過剰なのと、設定が由緒ある老舗ホテルというにはあまりにも今風でペラかったのだが、重厚とか馥郁とかを求めること自体が演出家の個性からして無いものねだりであり、それにも増して幾度も挿入されるモブシーンが頗る楽しくかったことをもって、細かい瑕疵は帳消しにしよう。
 その老舗ホテルの御曹司を演じた珠城りょう。トップ就任以来作品には恵まれているが、今回ようやく等身大の当たり役に出会えたような気がする。演技良し、立ち姿良し、好感度すこぶる高し、それが集客に結びつかないところが不思議であり、何とも歯がゆい。前公演から珠城と新コンビを組むことになった美園さくらはハリウッド女優のエマ。大人の歌唱力もさることながら、ダンスにキレがある。
 エマのマネージャーのリチャードは、美弥るりか退団により二番手に昇格した月城かなと。美弥の後を埋める形で花組から里帰りしてきた鳳月杏と、別格娘役に変容しつつある海乃美月が、珠城の両親役を務める。鳳月は2月にシアター・ドラマシティで単独主演公演を控えており、海乃は美弥主演のバウホール公演『アンナ・カレーニナ』でタイトルロールを演じている。主役経験のあるスターが脇を固める、何とも贅沢な布陣である。
 特筆すべきは暁千星が演じたアルゼンチン代表のサッカー選手パブロ。マッチョで何とゲイである。ちょっと前まで宝塚の舞台でこの手合いのキャラと言えば、ナヨナヨした類型的キャラしか出てこなかったことを思えば、隔世の感がある。暁も良く作り込んで演じているが、あまり深入りはせず、当面はこれくらいが限界だろう。

 105周年の掉尾を飾ったのは宙組大劇場公演『El Japón(エル・ハポン)―イスパニアのサムライ―』と『アクアヴィーテ!!―生命の水―』。
 日本人が外国に出て行って活躍するというネタは、かつて植田紳爾の専売特許だった。思いつく限りでも『メナムに赤い花が散る』(1968年/主役は山田長政)、『海鳴りにもののふの詩が』(1981年/同・支倉常長)などがそれである。今回『エル・ハポン』の主役は、夢想願流剣術の名手・蒲田治道、行先はスペイン。『海鳴り―』で瀬戸内美八が演じた支倉常長が脇役として、峰さを理が演じた藤九郎も登場する。
 作・演出の大野拓史はマカロニウエスタン的な舞台を創ろうとしたそうだが、物語の要素が多過ぎて、ストーリーの幹が見えぬまま話が進んでいく感は否めず。それでも大団円は勧善懲悪で後味は悪くはない。夫を殺された宿屋の若い女主人であるカタリナ(星風まどか)が、ダンスの心得の無い治道(真風涼帆)にステップを教えながら、治道の胸に一瞬身を任せるシーンが良い。謎の好漢アレハンドロを、笑いを取りながらガッチリ演じる芹香斗亜もいい。
 『アクアヴィーテ!!』はウィスキーをテーマにしたショー。作・演出の藤井大介はアルコール大好きで、かつて『Cocktail』(2002年)という作品もあった。ベテラン英真なおきが扮するオジさんの錬金術師が、いきなりオケボックスから銀橋に飛び出してくるという前代未聞のオープニングで始まるが、このキャラクターはひょっとしたら藤井自身の投影なのかもしれない。
 ウィスキーを思わせる琥珀色のプロローグから、男役ダンサー実羚淳のダルマ衣裳と脚線美、真っ白なフォーマルの中詰め、「♪ウィスキーはお好きでしょ」と歌いながら客席に降りて観客をいじる真風・芹香・桜木みなとのトリオ、闇のアルゼンチンタンゴ、その場面から一人居残って星空の下、男役スター秋音光が扮する女の面影を追う真風のダンス、和楽器のビートを効かせた黄金の群舞など見どころ多し。酒飲みとしては、いや、そうでなくとも、年の最後にもう一度観たくなるショーであったことは間違いない。

 

■小竹 哲(こたけさとし) 1964年、三重県生まれ。1988年4月から2019年3月まで朝日放送勤務。現在フリー。

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