

Critique
■レーマン『ポストドラマ演劇』、中国と日本
瀬戸 宏
*本稿の内容は、2019年10月12日、13日に南京大学で開催された「グローバル化時代の演劇評論国際シンポジウム」で中国語で報告したものである。幸い好評で、『戯劇芸術』(上海戯劇学院)2020年第1期に原稿が掲載されることになった。ここに発表するものは、中国語原稿を日本語に直したものである。日本語化するにあたって、日本の読者に理解しやすいよう、一部削除および修正加筆してある。中国語原稿にあった注は、本誌の性格を考え省略した。
ハンス-ティス・レーマン(Hans-Thies Lehnmann)Postdramatisches Theater(ドイツ語)、Postdramatic Theatre(英語)は1999年にドイツで刊行されて以後大きな反響を呼び、今日まで十数の言語に翻訳されたという。日本では2002年に谷川道子氏らの訳による全訳本『ポストドラマ演劇』が同学社から出版された。これは、世界最初の外国語訳であった。私が現在訪問学者として滞在している中国でも、『後戯劇劇場』の訳名で李亦男(LI Yinan り・えきだん、中央戯劇学院教授)によって、2010年に北京大学出版社から出版されている。
日本、中国とも、ただ出版されただけではない。日本語版は2006年に再版された。日本演劇学会機関誌『演劇学論集 日本演劇学会紀要』67号(2019年3月)が「ポストドラマ演劇『研究』の現在」特集を組んだ際(以下、『学会紀要』特集、と略記)、その編集にあたったドイツ演劇研究者の山下純照は巻頭の特集ガイダンスで「日本では-いやむしろ日本でも-たいへん好意的に受容され、その後ポストドラマ演劇の語は批評用語として定着した感がある」と記している。この特集では、5本の論文が掲載されている。『学会紀要』特集は、演劇学会ホームページで読むことができる。http://www.jstr.org/project/project03.html
中国では、2016年に第二版(修訂版)が出版され、2018年には修訂版第二次印刷が刊行されている。中国でも、ポストドラマ演劇(後戯劇劇場)を批評用語として用いる演劇評論が目立っている。中央戯劇学院発行の演劇研究誌『戯劇』2019年第4期は、「経典新声」(経典は名作、古典の意味)のタイトルのもとで5本の関連論文を掲載している。事実上の特集である。
日本、中国を問わず演劇研究書の読者は少なく、それが増刷されることはほとんどない。それにもかかわらず、『ポストドラマ演劇』は日・中とも増刷されただけではなく、演劇研究誌で特集まで組まれている。日本・中国演劇研究界の『ポストドラマ演劇』への注目ぶりが理解できるだろう。
私は、『学会紀要』特集に「王翀(ワン・チョン)と『ポストドラマ演劇』」を寄稿していたので、『戯劇』にも注目し、関連論文を通読した。その結果、中国と日本の『ポストドラマ演劇』の受容には、大きな違いがあることに気がついた。どのような相違があるのか、その相違は何によってもたらされたのか、それを探ることが本稿の目的である。
一、中国演劇研究界の『ポストドラマ演劇』理解
私は、『戯劇』などの関連論文を読んで、中国の研究者には『ポストドラマ演劇』を巡って見解の相違があるだけでなく、共通する認識があることに気がついた。
第一に、見解の相違があっても、中国の研究者はいずれも、レーマンは『ポストドラマ演劇』を通して一つの“理論”を提出していると認識していることである。最も代表的なのは、陳恬(CHEN Tian ちん・てん、南京大学副教授)である。彼女は「イギリスナショナルシアター・ライブとドラマ演劇の危機-あわせて費春放教授との討論」などの論文で、何度も“ポストドラマ演劇理論”という言葉を使っている。論争相手の費春放(FEI Chunfang ひ・しゅんほう、華東師範大学教授)もこの点では陳恬と一致している。“ポストドラマ”は費春放の論文のキーワードになっているのである。そのほかの研究者はやや慎重で、たとえば“ハンス・ティス・レーマンが『ポストドラマ演劇』で述べた理論”(孫恵柱 SUN Huizhu そん・けいちゅう、上海戯劇学院教授)、“レーマンの理論”(麻文埼、MA Wenqi、ま・ぶんき、中央戯劇学院教授)のような表現をしている。全体的に言って、中国の演劇研究者はみな、『ポストドラマ演劇』は“理論”を提出した書だとみなしている。
第二に、“ポストドラマ演劇”を巡る討論と“演劇の文学性を訴える”ー主流演劇あるいは文学的演劇の危機問題の討論が結びついていることである。この両者は本来は別の問題なのだが、上述の認識に基づき、文学的演劇の擁護者費春放は「多くの人が西側の“ポスト戯曲”(post-dramatic、“ポストドラマ”と訳す人もいる)理論を積極的に伝播し実践し、文学性を薄めるあるいは別れを告げることが演劇発展の最新の、また必然的な趨勢だと考えている。」と述べている。費春放の発想は明確である。“ポストドラマ理論”を宣伝することは、より優れた劇文学を創作しようとする意欲を殺ぎ、意識的にあるいは無意識に文学的演劇(ドラマ演劇)に危機をもたらすのである。
第三に、『ポストドラマ演劇』それ自体や『ポストドラマ演劇』のヨーロッパ演劇研究界での反響の研究は多くないことである。しかし中国の演劇研究者は“ポストドラマ演劇理論”が中国演劇に与える影響を熱烈に討論し、これを“名作”とみなしている。『戯劇』2019年第4期の5本の論文は、“経典新声”(名作を新たに語る)欄に掲載されているのである。
第四に、中国語版『ポストドラマ演劇』は全訳ではなく、省略のある選訳本であることである。訳者の李亦男は「修訂版あとがき」で中国語版は全訳ではないこと、「選んだ部分は英文版と一致している」ことを明確に述べている。しかし、中国の研究者は選訳本を用いて討論することの是非について問題にしていないのである。(日本の研究者の英語版の欠点についての意見は、三節で述べる。)
二、日本演劇研究界の『ポストドラマ演劇』理解
日本演劇研究界の『ポストドラマ演劇』理解の基本内容は、上述の『学会紀要』特集をみれば理解できる。
第一に、日本の演劇研究者は一般にレーマンが『ポストドラマ演劇』の中で“理論”を提出したとは考えていない。
特集企画にあたった山下純照(成城大学教授)は、巻頭の「ポストドラマ演劇『研究』の現在ー特集へのガイダンス」で、彼のポストドラマ演劇への“理解”を次のように述べている。
「ポストドラマ演劇とは、文学的テクストつまり戯曲を用いるか否かにかかわらず、それがもはや中心にはなっておらず、言い換えれば戯曲を上演することとしては定義できない演劇であって、むしろ多様な演劇的要素を平等に扱うような演劇のことである。」
山下純照は、これは“理解”であって“定義”ではないことを強調している。彼は、レーマン自身も『ポストドラマ演劇』の中でポストドラマ演劇の概念に定義をおこなっておらず、“ポストドラマ演劇の一つの原理”とか“ポストドラマ演劇のパラダイム”という言い方をしているだけだ、と指摘している。“定義”できないからには“理論”は語れない。レーマン個人の演劇理論は存在しているかもしれないが、普遍性をもった“ポストドラマ演劇理論”は存在し得ないのである。『ポストドラマ演劇』日本語訳の中心となった谷川道子は、日本語版「訳者後書き」で、「ここに画期的な新理論が完結的に構築されているわけではない」と述べている。国際演劇評論家協会(AICT)日本センター刊行物の『シアターアーツ』49号(2011年12月)は演劇学会に先立って「ポストドラマ演劇<以後>」特集を組んだが、その中で西堂行人(当時、日本センター会長)もこう述べている。
「まずはさまざまな舞台の新しい現象を並べてみたという印象が強く、必ずしも体系化がなされているわけではない。体系化=理論化してしまうことによって、かえって概念の牢獄に幽閉してしまう愚から免れようという意図すら感じられるほどだ。」
日本の演劇研究者は、“ポストドラマ演劇”は20世紀70年代以降に起こった各種の演劇新現象の総称であって、単一の“ポストドラマ演劇”という演劇形態は存在していない、と考えているのである。レーマンは同書の中で大量の“ポストドラマ演劇”の実例を紹介し、その勃興の必然性を説明し、明らかに“ポストドラマ演劇”に好感を示している。しかしレーマンは同時に、彼は決して“ドラマ演劇”を否定するものではなく、“ポストドラマ演劇”が将来“ドラマ演劇”を消滅させたり“ドラマ演劇”に取って代わったりするするものでもないと、繰り返し述べている。すなわち『ポストドラマ演劇』は、20世紀70年代以来の新しい演劇動向の紹介と総括であって、理論を提出したものではない、ということである。従って、日本の研究者は、外国の演劇研究動向紹介などを除いて、一般に“理論”という言葉を使わないのである。
第二に、日本の演劇研究者は、“Drama”と“Theater”という二つの概念を区別したのは、レーマンの独創ではない、と指摘している。(中国語版訳者の李亦男は、これがレーマンの独創だ、と指摘していた)『演劇学会紀要』特集執筆者である針貝真理子(慶応大講師)は特集論文の中で、演劇学が勃興した20世紀初めに、“Drama”と “Theater” を区別する学術動向はすでに存在していた、と指摘している。レーマン『ポストドラマ演劇』の重要な意義は、“行動する主体”を特徴とする“Drama”の対立面を提出したこと、すなわち“行動が中断し、解体に直面した主体”を対置したことである。劇中人物が行動しなければ、“Drama”は成立せず、“Drama”の意義を持つテクストもこれに従って解体する。レーマンのこの人間観の背景には、フランスを主とする哲学思想が存在している、と針貝真理子はみなすのである。(中国にも“ポストドラマ演劇”の哲学的背景を指摘する研究者がいる。)
第三に、日本の研究者は、『ポストドラマ演劇』はヨーロッパでも多くの論争を引き起こしたことを指摘している。針貝真理子は、ドイツの著名な演劇学者も“ポストドラマ演劇”は“戯曲を否定する演劇”だとみなしたことを紹介している。田中均(大阪大准教授)はレーマンとメンケの論争を紹介し、鈴木美穂(東工大講師)は『ポストドラマ演劇』のイギリスでの反響を紹介した。日本の研究者は同時に、『ポストドラマ演劇』はテクストが上演の中でどうのような役割を果たすのか、明確に説明していない、と指摘している。テクストが上演の核心ではなくなっているなら、テクストは結局どのような役割を果たすのか、テクストを使用する“ポストドラマ演劇”と使用しない“ポストドラマ演劇”の区別はどこにあるのか、などで、これらが論争と誤解を引き起こした重要な原因の一つなのである。
第四に、現在中国学術界で熱烈に討論されている、“ポストドラマ演劇”が“ドラマ演劇”にもたらすマイナスの影響の問題は、日本の学術界、演劇界では問題になっていない。
この点についての私の考えを述べてみる。『ポストドラマ演劇』には、鈴木忠志の名が出て来る。鈴木忠志らは、1960年代中期に演劇活動を開始した。すなわち“アングラ演劇”“小劇場演劇”運動で、日本の“ポストドラマ演劇”の先駆といってよい。彼らは演劇運動を始めた時、“打倒新劇”(単純化すれば、打倒“ドラマ演劇”)のスローガンを掲げた。鈴木忠志らは現在も演劇活動に従事しているが、『ポストドラマ演劇』日本語版の出版時、鈴木忠志が演劇活動に従事してすでに30年以上が経過していたが、“新劇”は依然として存在している。“アングラ演劇”“小劇場演劇”が“新劇”およびその系統の“ドラマ演劇”を打倒できないことは、歴史がすでに証明しているのである。
現在の日本演劇界では、“ドラマ演劇”と“ポストドラマ演劇”にはそれぞれの観客がおり、平和共存している(日本の演劇界は複雑で曲折した歴史を経ており、ここではただ簡単に現状の特徴を指摘しておく)。東京には毎日数十から百の上演があり、大阪は東京に及ばないが、それでも北京、上海よりは多いだろう。これらの上演の主流はやはり“ドラマ演劇”およびミュージカルなどである。観劇を好む日本人は、日本の演劇情況をもとに、「文学性の消失が現代演劇発展の全体的趨勢」という状況は日本で存在していないことがわかっている。日本でもしばしば“ドラマ演劇”に良い作品(文学性の高い作品)がない、という嘆きの声が起きる。しかし皆は、これは“ドラマ演劇”それ自体の問題であり、“ポストドラマ演劇”を批判して解決できる問題ではないこと、ましてレーマン『ポストドラマ演劇』日本語版出版が引き起こした問題ではない、ということをわかっているのである。
上演や観客の量からいうと、日本の“ドラマ演劇”は“ポストドラマ演劇”を上回っている。1990年代以降、日本の“小劇場演劇”は以前ほどではなくなった。衰退した、といってもよい。しかし決して消滅したわけではない。新しい“小劇場演劇”の演出家、演劇集団はやはり絶え間なく出現している。これが、日本で『ポストドラマ演劇』日本語版が歓迎されている重要な背景である。演劇評論家の中には、これらの若く新しい演劇人や彼らの作品を論評する時、『ポストドラマ演劇』を引用して彼らの舞台上演の特質を説明する人もいる。
三、日中両国の研究者は、なぜ認識の相違が生じたのか
私はここで、中国側と日本側のどちらの理解が正確か、どちらが誤読か、判定する考えはない。双方とも、自己の文化背景に立脚して『ポストドラマ演劇』を理解しているからだ。ヨーロッパ演劇学術界でも多くの意見の相違がある。文化背景が異なるアジアの国の演劇研究者の間で見解が異なるのは、理解できることである。中国の研究者が“理論”を強調するのも、中国独自の文化背景が源にあるのかもしれない。
しかし、日本の研究者の『ポストドラマ演劇』理解は、中国の研究者の理解に比べて、レーマンの原意により近い、ということは言えると思う。理由は次の通りである。
第一に、日本の研究者、特にドイツ演劇研究者とレーマンの交流は、中国の研究者よりも多いことである。レーマンは『ポストドラマ演劇』出版以前に、すでに著名なギリシャ悲劇、ブレヒト、ハイナー・ミュラーの研究者であった。1992年に日本の劇団(東京演劇アンサンブル)が『ハムレットマシーン』を上演した時、レーマンは初来日した。この後、谷川道子によれば2011年までにレーマンの訪日は7回におよび、日本の演劇研究者と繰り返し交流しているのである。『ポストドラマ演劇』出版以前、以後を問わず、レーマンの演劇論文も、十編前後が日本の学術、演劇刊行物に翻訳紹介されている。一方、中国に紹介されたレーマンの演劇論文は、私の知る限りでは、三編で、うち一編は英文であった。日本の演劇研究界のレーマンの学術観点への認識は、中国研究界よりも一歩進んでいる、と言えるのである。
第二に、日本の演劇研究者が『ポストドラマ演劇』を紹介する時、同時にヨーロッパ演劇研究界の肯定的、否定的評価の双方を紹介しており、評価はかなり客観的である。すでに述べたように、中国の演劇研究界は『ポストドラマ演劇』を“名作”とみなしている。私は、『ポストドラマ演劇』は極めて重要な、研究に値する著作であることは間違いないと考えているが、『ポストドラマ演劇』がすでに時間と読者の毀誉褒貶の試練を経た学術名作かは、態度を保留したい。
第三に、日本語訳は全訳だが、中国語訳は英語訳と同じ選訳本である。英語版に対して、日本の研究者鈴木美穂は『学会紀要』特集の論文で、こう批判している。
「マンビーによる英訳は原著のすべてを含むものではない。原著に忠実に訳されている邦訳『ポストドラマ演劇』と比較すると、英訳では、邦訳で第五章「テクスト」から第九章「メディア」に当たる部分が(一九三頁から三二二頁まで)、「側面--テクスト、空間、時間、身体、メディア」という二〇数ページほどの一章にまとめられている。マンビーは自身によるイントロダクションで、この翻訳は原著を縮小したものであるが、論旨を把握するのに大きな影響はないだろうと述べている(p.15)。しかし原著の約三分の一を占める部分(ここで多くのポストドラマ演劇の実例が記されている)を縮小したことで、英語圏の読者にレーマンの主張が誤読されている可能性もある。原著全文の英訳が望まれる。」
中文版も英文版と同様である。
中国演劇研究界が『ポストドラマ演劇』を非常に重視するのであれば、不完全な選訳本で討論すべきではない。省略されている部分は、ヨーロッパ現代演劇の現状に詳しくない読者から言うと、未知の人名、作品名、団体名が頻出し、確かに読みにくく分かりづらい。だが、円満にレーマンの主張を理解するために、できるだけ早く原著の全訳中国語版を出版するよう、私は中国演劇研究界に提案したい。大量の上演実例が削られた選訳本を用いていることが、中国の研究者に『ポストドラマ演劇』は“理論”を提出している、という印象を与える一因かもしれないのである。
*中国語の元原稿には、この後、私は“後戯劇劇場”という中国語訳は正しくないと考えているがその理由と改善案が書かれているのだが、それはここでは省略したい。
■瀬戸宏(せと・ひろし) 摂南大学名誉教授、中国現代演劇研究・演劇評論

